気になる音楽を聴こうとする時、あなたはどういう手段でその楽曲にたどり着きますか?またその曲を知ったのは何を通してですか?一昔前であればCDショップに行って購入する、あるいはレンタルレコード店で借りるといった方法が主流でした。おそらくその曲を知ったのは、(身近な人から教えてもらう以外であれば)テレビやラジオをから流れてくるのを聴いて、が多かったでしょう。
ご存じのように音楽を取り巻く消費者の行動は今は全く様相を変えています。そう、ネット時代に登場した様々なSNS、サブスクリプション配信の普及によってです。このことによって音楽業界のビジネスそのものも、従来と根本的な変革がもたらされています。いまどんな潮流が生み出されているのか、それに合わせて音楽を活用した企業プロモーションはどうなっていくのか、聞き耳を立ててみましょう。
音楽市場
全体規模
日本の音楽業界もコロナ禍の影響を受け2020年以降、大幅な市場の縮小が見られました。CDやビデオソフトの売上、レンタル、音楽配信、コンサートやカラオケなど音楽にまつわる消費者のすべての支出の合計は、2021年度に8,789億円(情報メディア白書より)。2020年度に比べ若干増加はしたものの2019年の15,322億円に比べまだ6割程度の状況です。
このパンデミックの影響を直接受けたのはやはりコンサートなどのリアルな場の開催縮小でしたが(現状は徐々に回復傾向)、CDなどの生産数自体も低迷。レンタル店舗数の減少と相まって旧来のパッケージ(CDやレコードなど記録媒体に音を入れたもの)販売と、コンサートツアーの相乗効果をねらったビジネスモデルが変革を余儀なくされてきている状況があります。
昨今の動向
2021年の音楽パッケージ(ビデオ含む)の生産金額については1,936億円(日本レコード協会調べ)となっている一方、堅調に売上を伸ばしているのはストリーミング配信を中心としたサブスクリプション式有料音楽配信です。2021年で895億円と全体の中ではまだ3割ほどの規模ですが、年ごとにそのシェア拡大が顕著です。
また逆に言えるのは日本においてはまだまだパッケージの販売が7割を占め主流であること。実はこの販売を支えているのは主にアイドル系のアーティストのアルバムやシングルの購入者で、根強いファンのきわめてロイヤリティの高い購入ルーティンとなっています。この現象は日本特有のもので、ちなみに世界の音楽市場においては配信系が逆に7割を占め、パッケージは2割ほどのシェアとなっています。
音楽を無料で聴く
さて、こういった市場動向を背景に持ちつつ、いま音楽業界は歴史上未曽有の現象に向き合っています。すなわち実際に音楽を聴きたい人は、お金を特に払わなくてもYouTubeで、無料で聴きたい曲を楽しめるという状況が存在しているということです。これは冒頭の問いかけにも通ずるのですが、(サブスク音楽配信に未加入の人なら)あの曲を聴きたい、というときはまずネットで検索して、その曲に触れようとするのではないでしょうか。聴けてしまうのです、いつでも好きな時に。
これは一見、音楽業界にとっては大変な機会損失になるように聞こえます。ただ今業界はこれらの環境にきわめて柔軟に対応しようとしているのです。たとえばどんなことなのか、みていきましょう。
Tips: 音楽配信市場は日本ではまだ全体の3割であるが、堅調に拡大。SNSなどで無料のコンテンツが視聴できる中、業界は共存を図る。
音楽ビジネスの今
「THE FIRST TAKE」
最近の音楽業界の中で成功事例として語られるのはYouTube上の「THE FIRST TAKE」の展開でしょう。様々なアーティストが登場し、そのパフォーマンスを一発撮りで収録、公開するといったチャンネルです。チャンネル登録者数は2023年6月現在で809万人。コンテンツにもよりますが動画は押しなべて数十万回の視聴を獲得しています。もともとはあるレーベルが自社アーティストのプロモーションのために開設したのですが、今ではほかのレーベル所属の人々も積極的に参加するようになっています。そのことによりチャンネル自体の価値が上がり、ここまでくると一つのメディアとして成立してくるわけです。このコンテンツをキャンペーンに活用したスポンサーも出てきて、音楽業界と企業のコミュニケーション活動をつなぐ新しい接点として、注目を集めています。
UGM
音楽業界側の話題拡散の手段として今大きな影響力を持ち始めているのがUGM(User Generated Media)と言われる、いわゆる素人(あるいは素人に近い人)の動画コンテンツです。ある楽曲を使ってTikTokなどでダンスの振り付けをして配信した動画がバズり、それが再ヒットにつながったという話を耳にしたことがあるでしょう。
TikTokerと言われる彼らがメジャーデビューしていくこともあるので一概に素人とは言えないかもしれませんが、取り上げる楽曲はあくまで彼らが独自に選曲したもの。そこには金銭的アプローチがないことが重要になります。ではレーベルやアーティスト側の担当者はどのような方法で彼らに働きかけるのか…たとえばアーティスト側が先んじて見本やサンプルになるような動画を発信し、取り上げられやすいよう工夫をしたりします。またアーティスト側も自らの曲が取り上げられているのを観て、自身のSNSでそれをもじった再配信をして話題化させる、みたいなことも起きているのです。主客逆転のようで面白い、まさにSNS時代の新しい音楽業界エコシステムが現出してきています。
楽曲タイアップ
企業が音楽を使ったプロモーションをはかる場合、最もポピュラーだったのはCMにおける楽曲タイアップという手法です。スポンサー側はアーティストの知名度・好感度や楽曲の力で商品をより魅力的に表現することができる。またレーベル・アーティスト側はCMの大きな出稿量により消費者に曲を一気にアピール可能。キャンペーン期間中は、オリジナル曲であれば楽曲使用料などを免除して、お互いのWin-Winをはかるといった組み方です。
今ももちろんこういったタイアップは多く世に送り出されています。印象度の高い楽曲を使用したCMはいつの時代も消費者の心をとらえています。また単純にCM音楽としての協力というだけでなく、アーティストと企業が一つのコンセプトの中でコラボレーションしたりするケースもあり、旧来の手法の中にも昨今は新しいクリエーティビティの萌芽があるようです。業界側も広告クリエーターとの新しい取り組みには非常に積極的なのです。
【Tips】YouTube、TikTokといったSNSにおいて新しいコミュニケーション展開。音楽業界は柔軟に対応。
音楽業界の今後
ヒットチャートの概念
いま日本の音楽界のヒットの指標はあえて誤解を恐れずに言えば、サブスク音楽配信サービスの再生回数、そのチャートの順位となってきています。もちろんアーティストによってパッケージの販売とコンサートの成功を目指して活動している人々もいるので一概には言えませんが、今何をもってヒットしているかを語るのに配信サービスの再生状況は大きな注目材料となります。
サービスもApple Music、Amazon Music、Spotifyなど様々なプラットフォームがあり、それぞれカラーも違っている。また配信サービスでは新旧多様な音楽が幅広い年代に聴取されており新曲がトップチャート上位に上るのはそれだけで大きな評価となります。例えばApple Musicの中でチャートの100位くらいに入ると担当の業界関係者はざわつき始め、50位に入ると重点プロモーション曲としてスイッチが入るそうです。
Win-Winの関係
上記の音楽タイアップのような形を通じて、長年音楽業界は企業のコミュニケーションに参画しながらWin-Winの関係性を築いてきました。それはこれからも変わらないでしょう。ただ前述のTHE FIRST TAKEやUGMの事例のように、様々な業態の人と今までなかった発想で新しいプラットフォームを開発、活用するような仕事がこれからさらに望まれてくることは間違いありません。
【Tips】「ヒット」の評価基準も変化してきている。新しい発想でのプロモーションが日々望まれている。
まとめ
アナログレコード、テープの時代からいきなりCDになり、iTunesのようなダウンロードサービスから、サブスク配信モデルが普及するに至る音楽業界。そのたびにアーティストたちのトレンドも変わってきました。ある業界の人が言うには「音楽の世界はトランプで言えば“革命"のようなもの。一番弱かった数字の“2"がいきなり強くなるようなことはよくあるのです。革命には慣れているんですよね(笑)」。
タダで音楽が聴けるような環境になってもそれを逆手にとってプロモーションの糧とする。そんな知恵と逞しさを持つ業界と共に仕事ができたなら、企業側にとっても大きなコミュニケーションパワーとなるでしょう。