あなたが所属する法人の資本金は1千万円を超えていますか?資本金が1千万円を超える法人が発注を行う場合、その取引は下請法に該当する可能性があります。広告制作や景品の製造などを委託することも下請法の対象となる取引です。違反には罰則もあり、発注の際に下請法該当かどうかの確認は必須です。今回は、下請法の基本的な内容に加えて、広告宣伝セクションからの発注が想定される取引についてもご説明します。
強行規定
真っ先に認識しておいていただきたいのは、下請法が“強行規定”である、ということです。強行規定は、当事者間の合意があっても覆すことができません。「下請事業者の了解は得ている」というのは何の言い訳にもならないのです。
取引に際して、「双方が合意していれば合法であり有効」という認識は多くの方がお持ちだと思います。「無断でやるのはよくないが、お互いが納得しているなら問題ない」「いやなら拒否すればいい、断らないほうが悪い」と…。
原則はその通りです。「契約の相手方を誰にするか」「どのような内容の契約を結ぶか」「契約締結をどのような形式で行うか」は、民法上契約当事者の自由とされています。そもそも「契約を締結するか否か」も自由です。「契約しない自由」といった方が伝わりやすいかも知れません。4つまとめて「契約自由の原則」と呼ばれています。
ただ、原則には例外がつきものです。意思能力のない人を相手方にはできませんし、保証契約は書面で行わなければ効力を生じません。契約しない自由といっても、水道事業者は給水契約の申込みを(正当な理由なく)拒めませんし、放送法にはNHKと受信契約を締結する義務があると定められています。契約内容も無制限ではありません。まず、公序良俗(公の秩序、善良の風俗)に反する契約─犯罪を行うことを目的とする契約など─は無効です。余談ですが、“違法行為をしない契約”─例えば、「1年間盗みをしなかったら○万円のご褒美を出す」といった契約も無効になります。 さらに、契約内容を当事者の合意だけで決められるとなると、「競争力がある者だけが勝つ」「差別が容認されてしまう」といった懸念が生じます。こうしたことを防ぐという社会政策上の目的によって、契約する当事者の意思であっても覆せない規定が設けられています。「消費者契約法」「労働基準法」「独占禁止法」などが代表的ですが、下請法もそれにあたります。
[Tips]
下請法は、当事者間の合意よりも優先される“強行規定”
下請取引の定義
ひと口に「下請法」と言っていますが、正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」といいます。親事業者と下請事業者の適正な取引の実現と下請事業者の利益を保護することを目的としています。独占禁止法で禁じられている「優越的地位の濫用行為」の認定を、より簡易な手続きで行うことによって、下請事業者の利益を保護するために、1956年に独禁法の特別法(補完法)として制定されました。
下請法の対象となる取引は、事業者の資本金と取引の内容で定義され、発注者が親事業者、受注者が下請事業者となります。下記の表をご覧ください。発注者の資本区分と取引内容から、下請取引となる受注者の資本金区分を色分けで示しました。例えば、資本金5千万円超3億円以下の発注者が、プログラムの作成以外の情報成果物作成委託取引をする際、受注者が資本金5千万円以下の場合は下請取引に該当します。
取引内容について、広告宣伝セクションで発生しそうなものを挙げておきます。
物品の製造委託・修理委託⇒プレミアムやノベルティの製造情報成果物作成委託⇒CMやポスターなど、広告制作全般└プログラムの作成⇒キャンペーンなどのためのアプリ開発
役務提供委託⇒イベントなどの運営・実施└運送、物品の倉庫における保管及び情報処理⇒プレミアム等の運送・保管、データ入出力
[Tips]
出来る限り早い段階で、発注先が下請事業者に該当するかの確認を
親事業者のすべき4つの義務
下請法の要点は、親事業者に課せられている義務と禁止事項です。経済産業省「広告業界における下請適正取引等の推進のためのガイドライン」には、4つの義務と10の禁止事項が挙げられています。まず義務ですが、下記になります。
a. 書面の交付義務:発注の際は、直ちに3条書面を交付すること。
b. 支払期日を定める義務:下請代金の支払期日を給付の受領後60日以内に定めること。
c. 書類の作成・保存義務:下請取引の内容を記載した書類を作成し、2年間保存すること。
d. 遅延利息の支払義務:支払が遅延した場合は遅延利息を支払うこと。
b~dはだいたい読んで字のごとくの内容ですので、いろいろ大変な、a.書面の交付義務についてご説明します。「3条書面」とは、下請法第3条に規定された書面のことです。「下請事業者に対し製造委託等をした場合は、直ちに、公正取引委員会規則で定めるところにより下請事業者の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。」と定められています。引用中の「公正取引委員会規則で定めるところにより」に該当するのが、平成15年公正取引委員会規則第7号「下請代金支払遅延等防止法第3条の書類又は電磁的記録の作成及び保存に関する規則」です。そこで示されている「3条書面に記載すべき具体的事項」は12項目あります。少々長いですが、引用します。
① 親事業者及び下請事業者の名称(番号,記号等による記載も可)
② 製造委託、修理委託、情報成果物作成委託又は役務提供委託をした日
③ 下請事業者の給付の内容(委託の内容が分かるよう明確に記載する。)
④ 下請事業者の給付を受領する期日(役務提供委託の場合は、役務が提供される期日又は期間)
⑤ 下請事業者の給付を受領する場所
⑥ 下請事業者の給付の内容について検査をする場合は、その検査を完了する期日
⑦ 下請代金の額(具体的な金額を記載する必要があるが、算定方法による記載も可)
⑧ 下請代金の支払期日
⑨ 手形を交付する場合は、その手形の金額(支払比率でも可)と手形の満期
⑩ 一括決済方式で支払う場合は、金融機関名、貸付け又は支払可能額、親事業者が下請代金債権相当額又は下請代金債務相当額を金融機関へ支払う期日
⑪ 電子記録債権で支払う場合は、電子記録債権の額及び電子記録債権の満期日
⑫ 原材料等を有償支給する場合は、その品名、数量、対価、引渡しの期日、決済期日、決済方法
以上ですが、広告関連で注意すべき点としては、提供される情報成果物等の知的財産権を親事業者に譲渡・許諾させる場合は、上記③にその旨明確に記載する必要があることです。(経済産業省のガイドラインに明記されています。)
運用のルールとしては、定められた事項はすべて明確に記載して、発注の都度、直ちに下請事業者に交付せよ。発注書面の様式は問わない。下請事業者の承諾があればメールでもよいが、口頭はだめ。様式不問であるから契約書を3条書面とすることもできるが、契約書作成に日数がかかる場合は、直ちに必要事項を記載した別の書面を交付せよ。「直ちに」とは「すぐに」という意味である。3条書面交付しなかった場合は50万円以下の罰金が科せられる。…なかなかにシビアです。特に広告制作においては発注時には不確定な要素が多く、「3条書面に記載すべき具体的事項」を全部は埋められないこともしばしばだと思います。このあたりについては、さすがに救済措置のようなものがいくつか設けられています。
まず代金について、⑦にもありますが、やむを得ない事情があって具体的な金額を記載できない場合は、算定方法による記載も可です。経産省のガイドラインでは、広告業界での具体例として、下請代金の一部が外的な要因により変動し、これに連動して下請代金全体の額が変動する場合の
プロデューサー費○円 + 撮影費ほか実費 + 一般管理費
という記載が紹介されています。いずれにしても、下請代金の具体的な金額を確定した後は、速やかに下請事業者へその旨”書面”を交付しておく必要があります。 さらに、正当な理由があって算定方法も記載できない場合や、正当な理由があって定められないその他の項目がある場合は、その項目をブランクにした3条書面(=当初書面)を交付することが認められます。 ただしこの場合、“なぜ定められないかについての正当な理由”と“内容が決定する予定期日”を当初書面に記載しなければなりません。さらに内容が確定した後には、直ちに、その内容を記載した書面(補充書面)を交付します。
グラフィック制作やCM制作など、発注時に給付の内容や下請代金の額等が決まらず、取引過程の中で確定していくことがままありますが、このような場合の対応として経産省ガイドラインでは「当初書面や補充書面の交付のタイミング等には十分注意する必要があります。」と注意喚起しています。
さらに同ガイドラインでは“すべてを記載することは困難でも、下請事業者が3条書面を見て「給付の内容」を理解できる程度に記載することが必要”であるとし、さらに③「給付の内容」の記載を明確化することによって、下請事業者に対しやり直し等を求める根拠ともなるので、親事業者にもメリットがある点を指摘しています。
書面の交付義務のポイントは、発注の都度3条書面をすぐに交付すること─不確定な項目がある場合は当初書面でも、とにかくすぐに口頭ではなく書面等で交付することが必要です。 補充書面を随時交付すること─最終的な確定を待つのではなく、その時点で確定した内容を随時書面等で交付することが大切です。 状況が変わりやすい広告制作等の現場では、対応に追われて書面の交付まで手が回らないことも多いかと思いますが、親事業者の義務であり、優先的に対応することが求められています。ガイドラインでは次のような改善事例が報告されています。
・仕入れ先台帳の整備を実施し、注文書の交付を義務づけ、対象企業への支払い時は必ず請求書に「注文書」と納品書のコピーの添付を社内で義務づけた。
・発注窓口を一元化することにより、発注書面の交付漏れを防止している。
・発注時に制作費などの金額が未定の場合でも、当初書面として発注確認書を必ず交付するよう、社内ルールを徹底した。
[Tips]
3条書面は不完全でもすぐに交付する/納品を待たずに随時更新する/形に残る方法で
親事業者がしてはいけない禁止事項
次に、10の禁止事項ですが、第4条に定められています。
公正取引委員会の「令和3年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」(令和4年5月31日)によると、この禁止事項に関する令和3年度の違反件数は7,878件となっています。禁止事項別の内訳をみると、①支払遅延4900件(62.2%)②下請代金の減額1,195件(15.2%)、③買いたたき866件(11.0%)となっており、これら3つの行為類型で全体の9割弱を占めています。そこでこの3つについて取り上げます。
○買いたたきの禁止 (第1項第5号)
→類似品等の価格又は市価に比べて著しく低い下請代金を不当に定めること。
買いたたきというと相手の足元を見て不当に安い代金で仕事をさせることのような印象を持たれるかもしれません。もちろんそれも買いたたきなのですが、広告関連で注意すべきなのは、途中で作業内容が増えるなどで当初よりも費用がかさんだ場合です。こうした場合は、下請事業者から申し出のあるなしにかかわらず、再見積りを取り単価の見直しを行うことが必要です。それをせずに元の見積価格を最終的な代金の額と定めると、買いたたきに該当する恐れがあります。途中で内容が変更になるのは広告関連ではよくあることですから、その都度、再見積もりを取るようにすることが大切です。
他にも「1万個発注するから安くしてください→発注3千個になっちゃったんだけど元の単価でお願いします」や「今回は前回より予算が減ってしまったのですが、内容はそのままでお願いします」といった要求も、典型的な「買いたたき」となります。下請事業者との下請代金の協議・決定に当たって、「買いたたき」となるような行為を行うことのないよう十分注意しなければなりません。
公正取引委員会による勧告・指導のあった関連業界の事例を挙げておきます。
・A社は、アニメーションの原画、動画等の制作業務の委託料を消費税を含む額で定めている個人である事業者に対して、消費税率の引き上げ分を上乗せせず支払った。
・印刷物等の製造を下請事業者に委託しているB社は、下請事業者に見積を出させ単価を決定した後、見積時点で予定していた納期を短縮したにもかかわらず、単価の見直しをせず、一方的に当初の単価により下請代金の額を定めていた。
○下請代金の減額の禁止 (第1項第3号)
→下請事業者に責任がないのに、あらかじめ定めた下請代金を減額すること。
下請事業者に責任がない、という点がポイントです。下請事業者の責任を問えるのは、注文と異なるものや瑕疵等があるものが納められた、納期遅れがあった、という場合に限定されますので、それ以外の場合に代金を減額することは、違反行為に該当するおそれがあります。例えば広告予算が減らされた、商品が発売延期になった、などの理由は下請事業者の責任とは言えません。
○下請代金の支払遅延の禁止(第1項第2号)
→(物品等の受領後60日以内に定めた)支払期日までに下請代金を支払わないこと。
支払期日(物品等を受領した日[役務提供委託の場合は、役務が提供された日]から起算して60日以内に定めたもの)までに下請代金を全額支払わないと下請法違反となります。気をつけなければいけないのは、下請事業者から請求書が提出されないことは理由にならない、ということです。次のような指導の事例があります。
・広告の制作を下請事業者に委託しているC社は、下請事業者からの請求書の提出が遅れたことを理由に、下請事業者の給付を受領しているにもかかわらず、あらかじめ定められた支払期日を経過して下請代金を支払っていた。
残り7つの禁止事項を列挙しておきます。
○受領拒否の禁止(第1項第1号)
→下請事業者の責任がないのに、注文した物品等の受領を拒むこと。
○返品の禁止(第1項第4号)
→下請事業者の責任がないのに、受け取った物を返品すること。
○購入・利用強制の禁止(第1項第6号)
→親事業者が指定する物・役務を強制的に購入・利用させること。
○報復措置の禁止(第1項第7号)
→下請事業者が親事業者の不公正な行為を公正取引委員会又は中小企業庁に知らせたことを理由として、その下請事業者に対して、取引数量の削減・取引停止等の不利益な取扱いをすること。
〇割引困難な手形の交付の禁止(第2項第2号)
→一般の金融機関で割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること。
〇不当な経済上の利益の提供要請の禁止(第2項第3号)
→下請事業者から不当に金銭、労務の提供等をさせること。
〇不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止(第2項第4号)
→下請事業者の責任がないのに、費用を負担せずに注文内容を変更し、又は受領後にやり直しをさせること。
[Tips]
内容に変更が生じたら日程や代金もこちらから見直しを申し入れる/請求書も取り寄せる
まとめ
下請法の主旨として、親事業者に対して、委託する内容や代金の額、スケジュールなどを下請事業者に発注の際に明示し、その内容を守らせることによって下請事業者の保護を図るということがあると思います。とはいえ、広告業界の特質上、予定通りに行かないことも多く生じます。3条書面に縛られすぎて変更ないし改定を避けようとするのは決して法の意図するところではありません。むしろ親事業者と下請事業者が密に明示的なコミュニケーションをとりながら改善を続け、よりよい成果を上げることが望ましい姿だと思います。両者がそうした同じビジョンを持って課題にあたるための決まりとして、下請法を捉えていただければと思います。