30年以上前になりますが、突き抜けるようなハイトーンボイスで「泣きなさい 笑いなさい」(「花」作詞作曲:嘉納昌吉)と少女が歌う、カセットテープ(というのも時代を感じますが)のテレビCMが話題になりました。とても印象的な歌声でしたので、ご記憶の方も多いと思います。実際に歌っていたのは、2022年9月に惜しくも他界された、おおたか静流(しずる)さんでした。静流というのは珍しい芸名ですが、英語表記を見るとSizzle Ohtakaとなっています。Sizzleとは?
一方、「シズル」といえば、キングオブコントで4度の決勝進出を果たしている、KAƵMAと村上純のコンビ「しずる」を思い出す方もいらっしゃるでしょう。コンビ名「しずる」は、今も原宿にある定食屋「しずる」に由来するようですが、このお店の英語表記もSIZZLEです。
実はこの「シズル」、広告制作に携わっているとしばしば耳にする言葉です。というだけでなく、CM制作の場ではとても重要な概念だと思います。飲食に関わるCMでは特にですが、その他の広告制作においても必要です。今回はこの言葉を聞いたことのない方、どう使えばよいのかよくわからない方に向けて、「シズル」との付き合い方をご説明いたします。
*「花」 作詞作曲:喜納昌吉
シズルの意味
広告制作に携わり始めると、それまでの人生で聞いたこともない単語が当たり前のように飛び交っていて、戸惑うことが常でした。「完パケ」「念校」「ノンモン」「ゼロ号」…。といっても、単語自体が意味することは明らかであるため、自然とその意味を覚えていけました。ただ、「シズル」に関してはつかみどころがなくて、なかなか使いこなすことができませんでした。というのも、聞いただけでは日本語なのか何語なのか見当がつかないだけでなく、何よりその意味自体がそれまでに出会ったことのない概念だったためです。ネットで簡単に検索できる時代でもなく、場数を重ねたり、参考資料に接したりするうちに、徐々に身についていったように思います。
sizzleという英単語自体の意味は、「食材を焼く時の音、とりわけ肉などを焼くジュージューという音」というだけで、特に難しくはないものです。原宿の定食屋の店名はこれに由来するのでしょう(ちなみに、米国発祥のレストランチェーン「シズラー」の名称sizzlerもsizzleの派生語です)。ところが、広告制作の場ではもっと幅広い意味で使われています。広告制作に携わる人がシズルといわれてまず思い浮かぶのは、みずみずしい果物の切り口とか、氷の入ったよく冷えたグラスに注がれる透明な炭酸飲料とか、油から掬い上げられたばかりでまだピチピチいってる唐揚げといった美味しそうな映像でしょう。広告制作における「シズル」は狭義には「五感に直接働きかけて、食べたい・飲みたいと感じさせる要素」のように理解できるといえます。
そこから現在は、飲食物以外の商品にも広がっていて、例えば自動車のシズルといったら「五感に直接働きかけて、乗りたい・運転したいと感じさせる要素」のような使い方もできるようになっています。この場合はエンジン音や整備の行き届いたピカピカの車体、カーブを攻めるタイヤの動きなどが該当することになります。
ただ、五感といっても飲食物の場合、味覚と触覚に訴える手段は、シズルというより試食・試飲と呼ぶべきでしょう。ですから、視覚・聴覚・嗅覚─広告ということを考えると前二者が重要です。
もちろん嗅覚に訴えるシズルもあります。鰻屋が蒲焼を焼くときに店の外に向けて団扇で扇いでいるなどと言うのは、典型といえます。今後の技術革新によっては、嗅覚に訴えるシズルを用いた広告が当たり前になるのかも知れません。それはさておき、改めて飲食物のCMを見ると、高い確率でシズルカットと呼ばれる、専らシズルを描いたカットが挿入されていることにお気づきになるでしょう。特に飲料と麺類、冷凍・冷蔵食品CMの大多数が、(ほんの一瞬の場合もありますが)シズルカットを持っています。
Tips シズルは、五感に直接働きかけて、理屈抜きで行動意欲を喚起させるもの
シズルカットの秘密
シズルの撮影に関わってわかったのは、「自分で食べる“美味しい”と、広告で描く“美味しそう”は別物だ」ということです。撮影スタジオは厨房とは違って、必ずしも料理に最適な環境ではないですし、強いライトも当たります。そんな条件で撮影される、美味しそうな食べ物、飲み物が実際に飲食して美味しいかというとそんなことはまずないです。それどころか、そもそも食べられないものもあります。例えば、グラスに入っている透き通った氷は、強いライトの下でも決して溶けることはありません。透明な樹脂で精巧に作られた擬似氷が使われるからです。もちろん冷たくはありませんから、グラスの周りに自然に水滴が付着することもないので、都度霧吹きで水滴をつけることになります。また、氷とグラスがぶつかるカラーンという気持ちのいい音も樹脂氷には期待できないので、音は別に作って映像に当てています。また例えば、ふつふつと煮えている美味しそうな鍋に手を突っ込んでも少しも熱くありません。煮立って見えるのは管で空気を送り込んでいるためだったり、温かそうな湯気がドライアイスの煙だったりします。このあたりのノウハウはかなり専門化していて、職人芸的な域に達していると感じていました。シズルカットを上手く撮ることはそれだけニーズがある、クライアントの関心の高いことなのだと言うことができるでしょう。
シズルカットの重要性は、直接視聴者の五感に訴えて、理屈抜きに購買意欲を掻き立てる可能性を持った手段である点だと思います。特に飲食関連のCMでは、シズルカットがしょぼかったり不味そうだったりしたら、他の部分が良くてもなかなか飲みたい・食べたいとはならないでしょう。
それから、クライアントにとってシズルカットは、何と言っても自社の商品が主役となって、一番美味しそうに見える、一番欲しくなるような理想の姿を披露する、“晴れ舞台”なのだと思います。
ということで、具体的なシズルカットをご紹介したいのですが、動画を提示するのは難しそうなので、近年のCMのシズルカットについて、1本ごとに文章で説明した表を作成してみました。
【ジャンルとシズルカットの内容】ペットボトルコーヒーコーヒーの液面に数滴しずくが落ちてミルククラウンのようになる
コーヒー豆カップに入ったコーヒーにしずく
抹茶ラテミルクが半分くらいまで入った氷入りのグラスに、抹茶が注がれる
緑茶緑色の液面に、水のしずくが跳ねる
ビールビールを注いだ時の泡とビールが混ざり合っている状態
黄色と白に分かれたなかをおびただしい細かな泡が上がっている
ウイスキー氷の入ったグラスにトクトクと注ぐ
チューハイ砕いた氷が入ったグラスに、缶から勢いよくチューハイを注ぐ
チョコレート積み重なった板チョコの上からミルクが細く注がれる
ドーナッツプレーンなドーナッツに、溶けたチョコレートがかかる
ミルク飴白いミルクの液面から飴が出てくる
清涼菓子容器を振るとタブレットが飛び出して掌に収まる
うどん店湯気の上がるうどんを箸で数本持ち上げる
カップうどんうどんの上で大きなあげが弾む
うどんの上の大きなあげを箸で押し、あげのふっくらした感じを示す
酢豚炒めた野菜と豚肉の上からとろみのついた餡がかかる
餃子鍋に放射状に並べられた餃子が焼けている→焼きあがった羽根つき餃子に箸を入れる
ふりかけご飯の上にふりかけが振り掛けられてゆく
刻みにんにくの瓶詰調理中のエビのアヒージョの上からたっぷりのきざみにんにくが投下される
食用オイルシリアルヨーグルトやスープにオイルを回しかける
パックのごはん炊飯器のふたを開け勢いよく湯気が上がる白飯を全俯瞰で
化粧品瓶の口から化粧液が滴り落ちる
瓶に入ったクリームを指で掬い上げる
液体洗剤しずくが滴り落ちる
台所洗剤スポンジで汚れをかきとる→泡をすすぐ→指でキュキュー
シャワー画面いっぱいに降り注ぐ細かな粒のシャワー
言葉で説明できるくらいならシズルカットなど不要ではないか、ということは重々承知で、最低限のイメージ共有ができればと考えた次第です。
Tips シズルカットは、商品主役の晴れ舞台
シズルとの付き合い方
シズルまわりの言葉としては「シズル感」があります。むしろこちらの方が言葉としてはよく使われているかもしれません。中心となる意味はシズルと変わりませんが、“感”がつく分、より汎用性が高くなる、あるいはあいまいさが増す印象を持っています。シズルの行動意欲を喚起する部分が薄まっていて、単に「生々しい」あるいは「リアリティがある」といった場合でも「シズル感がある」という物言いがされているように思います。
シズルを巡っては「ステーキを売るな、シズルを売れ」という言葉も知られています。これは、アメリカの営業コンサルタント、エルマー・ホイラーが1937年に提唱した「ホイラーの5つの公式」の第1条です。他にも、電気掃除機は「吸引力を売らないで、家がきれいになる点を売れ」「保険を売らないで、安心を売れ」「ダイヤモンドを売らないで、余裕を売れ」などと述べています。ここでのシズルは、“顧客にとっての価値”を象徴しています。
シズルはもともと五感に働きかけるような、あまり言語的な概念ではないうえ、「シズル(狭義)」「シズル(広義)」「シズル感」「(ホイラーの公式の)シズル」など様々な意味合いを持った用語です。そのうえ広告制作においてはとても重要度の高い概念なので、この部分で齟齬があった場合のダメージも大きいです。そうならないためには、継続的に「私のシズルとあなたのシズルは同じシズルを意味しているのか」を確認し続けることが重要です。シズルカットに関して言えば、広告主の立場から、どうすればその商品が最も美味しそうに見えるのか、しっかりとイメージを伝えることがとても大事です。もちろん制作サイドで、広告主のイメージをしっかり核にすることも必要です。
Tips シズルに関わるときは、コミュニケーションを密に
まとめ
「シズル」は、たとえ短い時間でも受け手の五感に直接届く飛び道具です。自分自身、子供のころに見たカフェオレのCMで、ホットミルクとブラックコーヒーを同時にカップに注ぎ込むシズルが未だに残っているようで、何かあればカフェオレを選びがちな人生を送っています。強力な武器だけに正確な意思統一が重要です。sizzleという英単語には、今も「食材が焼ける音」という意味しかないようですが、日本語の「シズル」は広告制作の場で使われるようになってから、意味するところも、用いる人の数も広がってきました。それだけに、「シズル」ないし「シズル感」という言葉が使われたときは、お互いが想定している内容を確認することが大切だと考えます。
余談ですが、やまとことばにも「しずる」という単語があります。漢字では「垂る」と書き、木の枝などに積もっていた雪が滑り落ちる、という意味です。冬のシズルを感じさせる情景を表した言葉ではないでしょうか。
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