暑かった2022年の夏、35度を超える猛暑日が14日連続となるなど猛暑日の過去最多記録を更新しました。秋になりようやく少し涼しくなり、身体を動かすには気持ちのいい季節になりました。これから「スポーツを見る」ことももちろんですが、「スポーツをする」ことも増えてくるかもしれません。ということで、今回は「するスポーツ」のマーケティングと目指すべき未来についてご説明させて頂きます。
「するスポーツ」の市場規模の拡大
昭和の時代、日本では長く、「するスポーツ」は学生時代の授業や部活と紐づき、学生時代が終わると、多くの人がスポーツを「する」から卒業し「見る」に移行していました。もちろん学生時代からスポーツを「する」、「見る」の両方行っている人もたくさんいましたが、「見る」ことが学生時代から社会人になってもシームレスに続く一方で、スポーツを「する」人は社会人になった途端に、その数は限られていました。
従って、スポーツメーカーなどは主に市場のターゲットとして「学生」「プロ」と「ゴルフなど一部の限られたスポーツを行う人」がメインでした。
しかし、この流れが明確に「変わった」と感じる出来事がありました。それは2007年の東京マラソンの開始です。2007年より前は、「東京国際マラソン」「東京国際女子マラソン」「東京シティーロードレース」などが東京都心部の大会としてありました。これをニューヨークシティーマラソンやロンドンマラソンを参考にしながら市民参加型の一つの大規模マラソン大会に統合したのが東京マラソンなのです。
一番の魅力はトップ選手と同じコースを市民ランナーが同じ日に走るということです。ピンとこない方もいらっしゃるかもしれませんが、例えば国立競技場でウサイン・ボルトが100mを走ったその日に、その場所で同じ景色を見ながら競技に参加できるようなものなのです。それはもう同じランナーにとってはたまりません。
東京マラソンの成功により、全国に市民参加型のマラソン大会が次々に新設され、ランナーが増え、マーケットが急速に拡大されました。たとえば、大阪マラソンをはじめ、各市区町村に市民参加型のマラソンが増え、空前のマラソンブームが全国に広がっていきました。
今まで、学生時代が終わるとスポーツを卒業していた人たちも、マラソン大会が再びスポーツを始めるきっかけとなり、マーケットは拡大されていきました。しかも、一般消費者が市民ランナーになっていることから、幅広い業種の企業がマラソン大会を支援するようになりました。
Tips 2007年、市民参加型に統合された東京マラソンが始まり、その後マラソンブームに。スポーツを学生時代に卒業した人も、マラソンランナーとして各地の大会に参加するようになり、「する」スポーツのマーケットは拡大していった。
健康という大きなマーケット
東京マラソンの現在のスポンサーを見てみると、アシックスや大塚製薬といった、スポーツと親和性の高い企業だけでなく、東京地下鉄(東京メトロ)、スターツ、東レ、第一生命、大和証券、凸版印刷など、直接的な繋がりが分かりにくい業種もあります。もちろん、多くのスポーツ大会がそうであるように、スポーツの持つポジティブで爽やかなイメージに価値を見出し、協賛している面はあります。ただ、一般消費者である市民ランナーが直接参加する大会の魅力はもう少し深いところにあるような気がします。
東京マラソンは、スポンサー企業の社員の方々がランナーのために色々な施策を考えてくれるだけでなく、会社が一丸となって、大会を支えてくれています。例えば、東京地下鉄は、その日、ランナーのためにトイレを開放してくれ、「メトロで追っかけ応援団」といった無料のルートマップを、ランナーを応援する人たちに配布していました。
また、第一生命は全国市民ランナー応援プロジェクトとして「Run with You」健やかに生きる、幸せになる、という旗頭のもとに、東京マラソンをはじめとした各地のマラソン大会を支援しています。このプロジェクトの設立趣旨として、「健康」や心の豊かさを求める「つながり・絆」は、一人ひとりが望む幸せな人生や生き方を実現するために、必要不可欠な要素だと考え、「Run with You」プロジェクトを立ち上げました、とあります。
こうした例からも読み取れるように、「マラソンという一つの目的を達成しようとすること」、そして「その目的を達成するために健康であろうとすること」を応援する、サポートをすることが、企業の社会貢献にも繋がり、一般消費者の好意度を上げ、ひいては、企業価値の向上に自然に繋げていくということがあるのだと思います。
いずれにしても「健康になろうとしている人たちを応援する」ということは、業種に関係なくマラソンに協賛する分かりやすい理由であり、基本的には誰も否定できません。ベストセラーとなった「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著) 」の中で、オンディーヌの呪いというフランスの寓話を引き合いに、100年生き続けるときの苦悩について触れていますが、例えば50年前と比べるとおよそ15年平均寿命が延び、この先も寿命が伸び続けることを考えると、生きるための資産としての健康は非常に重要なものとして位置づけられてきており、だからこそマーケットは非常に大きくなってきているのです。
Tips 一般消費者が直接参加する市民マラソン。企業が業種を問わず協賛する意味は「健康になろうとしている人たちを応援する」ことにより、企業の社会貢献、好意度アップなどに自然に繋げる目的がある。
社会課題と目指すべき未来
前述の通り、「健康になろうとしている人たちを応援する」ということは、基本的には誰も否定できません。それは人生100年時代と言われる中で、極めて重要な資産となりますし、国の財政上も「医療費がかかる人」と「医療費がそれほどかからない人」では、圧倒的に「医療費がそれほどかからない人」の割合を増やしたいと思っています。実は全国でたくさんマラソン大会が増えた理由の一つに、行政としても医療費や社会保障費を減らすために、大会を後押ししたい、という本音があったのです。 企業にとっても、そして行政にとっても、「健康になろうとしている人たちを応援する」ことは重要であり、ランナー自身にとっても、健康は極めて重要な資産となります。従って、企業のマーケティングとしても「健康」というベクトルに沿って、商品やサービスを考えていくことは、これからの社会ニーズという意味でも、社会課題の解決という意味でも極めて重要な視点となります。 これからは 『 』×健康=新商品/サービス といった視点で既存の商品やサービスを考えながら、そのテストマーケティングの場としてマラソン大会の協賛を検討してみるのもいいかもしれませんね。
Tips 行政もそして消費者自身も後押しする中で、企業にとって、「健康」というベクトルに沿って商品やサービスを考えることは極めて重要で、それが社会課題の解決に貢献することにもなる。
まとめ
スポーツをすることによって健康になる、ということは、社会ニーズとしても確実にあります。ご存じのようにたとえばApple Watchは確実にそのニーズを取り込んで商品開発をしています。
平均寿命が延びている中、これからますます「健康の価値」が上がり、「するスポーツ」の価値も上がり、そして「健康になろうとしている人たちを応援する」価値も上がるのだと思います。
まずは自分自身がスポーツをすることで、その意味や価値を実感できますので、この週末、手始めにランニングシューズを購入してみてはいかがでしょうか。