2020年10月26日に菅前首相が所信表明演説で、2050年カーボンニュートラルを宣言しました。その後、「カーボンニュートラル」に対する認知は上昇し続けていて、今この言葉を知らない人は、6人に1人(17%)しかいません。その一方、「内容まで知っている」という人は知らない人よりは若干多いという程度(19%)に未だとどまっているというのが現状です。
本稿では、「カーボンニュートラル」という言葉のわかりにくさ、あいまいさを取り除き、よりクリアなご理解を得ることを目指します。他方、地球温暖化の具体的な影響やカーボンニュートラルに対する各国の対応、産業界の反応などについては、情報量も多く煩雑になりかねませんのでここでは触れません。まずは、カーボンニュートラルに取り組むこと、そしてその取り組みを社会に発信することがなぜ重要視されるのかを感じていただければと思います。
カーボンとニュートラル
「カーボンニュートラル」の内容が知られていない要因として、ひとつには「カーボンニュートラル」という言葉が一読しても意味がよくわからないためではないかと思います。「カーボンをニュートラルにする」とは具体的にどういうことなのでしょうか?
まずは「ニュートラル」から。英語のneutralは、「中立」「中性」などの意味でよく用いられています。しかし、ここでの「ニュートラル」は“プラスとマイナスが均衡している”の意味です。中立・中性と言うよりは「差し引きゼロ」「行って来い」「チャラ」「トントン」などと言った方が分かりやすいでしょう。
そして「カーボン」です。Carbonの直訳は、元素記号Cでおなじみの「炭素」です。といっても、「カーボンニュートラル」は炭素製品(炭素繊維や鉛筆の芯)などをどうこうしようというものではありません。ここでの「カーボン」は、具体的には「温室効果ガス」を指しています。温室効果ガスの4分の3を占めるのが炭素化合物である「二酸化炭素(carbon dioxide)」です。「カーボンニュートラル」を意訳すると「二酸化炭素(carbon dioxide)をはじめとする温室効果ガスの排出量と吸収量をプラマイゼロにすること」になります。
Tips 「カーボン」は“温室効果ガス”、「ニュートラル」は“プラマイゼロ”
「カーボンニュートラル」がわかりにくいのは、類語が複数あるということにも要因がありそうです。主に「脱炭素」と「カーボンゼロ」ですが、「(カーボン)ネット・ゼロ」も有力です。これらは、「カーボンニュートラル」とほとんど同義語です。ただし若干のニュアンスの違いはあります。「脱炭素」は「脱炭素社会」という用いられ方をよくされますが、脱炭素社会は温室効果ガスをそもそも排出しません。「ゼロカーボン」も「カーボンニュートラル」と同様の意味で使われていることが多い印象ですが、こちらも排出量ゼロ、という気合を込めて使われることがあります。
Tips 「カーボンニュートラル」「脱炭素」「ゼロカーボン」「ネット・ゼロ」は全部だいたい同じ
温室効果と温室効果ガス
ここで温室効果ガスについて。地球では、大気や地表に吸収された太陽光のエネルギーと同量の赤外線エネルギーが外に向かって放出されています。何も遮るものがなければ、赤外線はさっさと宇宙空間に飛び出して行ってしまいます。ところが実際は赤外線を吸収し、地表向けに放出する気体があるため、地球外に向かっていた赤外線の多くは地球の表面に戻ってきます。戻った赤外線は地表近くの大気を暖めるのですが、この暖める効果のことを温室効果(greenhouse effect)と言い、これを成立させている、赤外線を吸収・放出する気体のことを温室効果ガス(greenhouse gas)と言っています。現在の世界の平均気温はおよそ14℃ですが、仮に太陽からのエネルギーがすべて宇宙に放出される場合はマイナス19℃になってしまうとされています。温室効果ガスは人類が地球上で生きていくためには必要不可欠です。
Tips 温室効果ガスがなくなったら、地球はマイナス19℃の極寒世界
といって、ゼロカーボンが実現して温室効果ガスの排出がなくなったら、直ちにマイナス19℃の世界が待っているのかといえばそうでもありません。仮に今日すべての温室効果ガスの排出が止まったとしても、既に大気中に放出されている温室効果ガスまで消えるわけではなく、その効果はしばらく継続します。しばらくとは申し上げましたが、残念なことに温室効果ガスの4分の3を占めると先に申し上げた二酸化炭素は、「長寿命気候汚染物質」とも呼ばれるしぶとい物質です。一度大気中に排出されれば、約100年後にも50%ほどが、約1000年後でも20%ほどが滞留します。産業革命時の二酸化炭素すら、まだ結構な割合で残っているわけです。
さらに、カーボンニュートラルの対象には含まれませんが、最大の温室効果をもたらしている気体があります。水蒸気です。温室効果の約6割が水蒸気によるものです(二酸化炭素は約3割です)。雲などが赤外線を吸収して、地表に向けて放出しているのです。水蒸気が温室効果ガスに含まれないのは、発生量が人類の活動によって“直接”コントロールできないという理由です。ただ、地表の温度が上昇すると、水の蒸発量は増えます。温室効果ガスの排出を抑えることは、水蒸気の発生量を抑えることにもなるわけです。ということで、温室効果ガスの排出がなくなっても、温室効果がなくなるわけではありません。
Tips 温室効果ガスはすぐにはなくならない
IPCCとCOP
「カーボンニュートラル」および「温室効果ガス」の意味するところは以上ですが、では何のためにカーボンニュートラルを目指すのかといえば、それはもうただ1点、地球温暖化に歯止めをかける、具体的には世界の気温上昇を1.5℃に抑えることです。
人為的な温室効果ガスの排出によって温暖化が引き起こされていることは、当然のことのように言われていますが、それが確定したのはさほど昔の話ではありません。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)「気候変動に関する政府間パネル」と呼ばれる、各国政府を通じて推薦された科学者が参加する組織があります。地球温暖化と気候変動が世界的な課題となってきたことを背景に、気候変動に関する包括的な評価を目的として1988年に設立された政府間機関です。世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって共同設立され、国連総会でその活動が承認されています。IPCCは地球温暖化研究に関する最新の知見を評価し、評価報告書(AR)にまとめて公表していますが、2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋叔郎博士も執筆者である1990年公表の第1次報告書(AR1)では、気候変動との関係について「人為起源の温室効果ガスは気候変化を生じさせる恐れがある」という表現にとどまっていました。それが、報告の回を追うごとに表現が強まり、2013年公表のAR5では「可能性が極めて高い(確率95%以上)」とされました。
同時に、“CO2の累積総排出量とそれに対する世界平均地上気温の応答は、ほぼ比例関係にある。”と結論付けられたのですが、これがまだ9年前のことです。
Tips 温暖化が人為的な要因であることが結論付けられてまだ9年
AR5を受けて、2015年に採択され、翌2016年に異例の早さで発効したのが「パリ協定(Paris Agreement)」です。パリ協定では、世界の平均気温の上昇幅を産業革命前と比べて2℃より十分低く保つ(2℃目標)とともに1.5℃に抑える努力を追求すること(1.5℃目標)が示されました。この1.5℃目標を検証するために、前記IPCCが2018年に「1.5℃特別報告書」を発表しました。1.5℃目標実現には、2050年前後には世界全体のCO2排出量を実質ゼロに、その他の温室効果ガスの排出量も大幅に削減(≒カーボンニュートラル)する必要がある、という内容でした。その後、昨年発表されたAR6では温暖化が人類の影響であることについて、ついに「疑う余地がない(There is no doubt)」という決定的な表現がなされました。さらに、パリ協定を採択した国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)は同じく昨年、グラスゴーで開催された第26回会議(COP26、なお、パリ協定を採択したのはCOP21)において、1.5℃を目標とすることを明記しました。これによって、「1.5℃特別報告書」に示された2050年カーボンニュートラルの必要性が一層高まっているというのが現状です。
ちなみにですが、温暖化対策に消極的だった国に与えられる、不名誉な「化石賞」を日本が前回に引き続いて受賞したことが話題になったのもこのCOP26でした。日本国民のカーボンニュートラルへの認知は高まっているのに、世界からこのような目で見られるのは、一つには日本人の「口下手」…つまり、世界へのアピール下手もその原因の一つなのかもしれません。
Tips 2050年カーボンニュートラル待ったなし!
ゼロカーボンアクション、実施率とCO2削減量
最後に少し、カーボンニュートラルに対する個人レベルでの取り組みについて、
第6回「カーボンニュートラルに関する生活者調査」(2022年1月)からご紹介したいと思います。環境省が“ひとりひとりができることから暮らしを脱炭素化するアクション”として設定した「ゼロカーボンアクション30」について調査しているのですが、実施率が7割を超えていた6アクションについて、実施率と環境省が定めているCO2削減量を示します。
1.ごみの分別処理(実施率81.4%)プラスチックや合成繊維の燃焼を防ぐことでCO2削減になります
CO2削減量:家庭から出る容器包装プラスチックを全て分別してリサイクルした場合→1人当たり年間4kg
2.節電(実施率77.0%)化石燃料(石炭、石油、天然ガス…)による電力を節約すれば、CO2排出量の低下につながります。
CO2削減量:エアコンの使用時間を1日1時間短くした場合→1台当たり年間26kg
3.節水(実施率74.3%)浄水場などのポンプや洗濯機、給湯器といった水を使用する際に使われる電気が節約されます。→節電
CO2削減量:水使用量を約2割削減した場合→1世帯当たり年間11kg
4.食事を食べ残さない(実施率72.8%)食品が消費者に届くまでの「生産・保管・加工・輸送」の各過程で排出されたCO2が、食べ残すことによって無駄になる上、焼却廃棄でCO2が排出されます。
CO2削減量:家庭と外食の食品ロスがゼロになった場合→1人帯たり年間54kg
5.マイバッグ、マイボトル、マイ箸、マイストロー等を使う(実施率71.4%)プラスチックごみの不適正な処理を防止し、ごみを減らすことでCO2削減となります。
CO2削減量(マイボトル):使い捨てのペットボトル(500ml)をステンレス製のマイボトルに置き換え、年間30回、5年利用した場合→一人当たり年間4kg
CO2削減量(マイバック):年間300枚のレジ袋を、ポリエステル製のマイバッグ(3枚)に代替した場合→一人当たり年間1kg
6.今持っている服を長く大切に着る(実施率70.9%)ナイロン等石油由来の合成繊維は製造過程で多くのCO2を排出し、機械の動力が化石燃料由来の場合はさらに増えます。また、焼却廃棄でも排出されます。衣類の購入を控えることで、CO2の排出を減らすことになります。
CO2削減量:衣類の購入量を1/4程度にした場合→1人当たり年間194kg
こうしてみると、普通に省エネとして行っていることで、カーボンニュートラル的にも有効なものが多いのが明らかですね。ルールとしては、化石燃料を燃やさない(節電ないし再生可能エネルギーの利用、節水、ごみ分別)のは基本として、製造や流通の過程でCO2を排出するものについては、それを粗末に扱うことでCO2の“ムダ排出”となり、カーボンニュートラルに逆行することになることがわかります。
Tips 化石燃料は燃やさない/燃やした化石燃料は無駄にしない
まとめ
カーボンニュートラル(≒脱炭素≒ゼロカーボン≒ネット・ゼロ)とは、人為起源の温室効果ガスの排出量を削減して、吸収量と均衡させ、実質的な排出量をゼロにすることです。2050年カーボンニュートラルを何としても実現しなければ、1.5℃目標は決して達成することができないという、逼迫した状況があります。ただ、こうした危機感は、日本国内の特に一般層では─カーボンニュートラルの内容を知っている人がまだ少数なのを見ても─十分には共有されていないように思います。とは言え、化石燃料の重要性が揺らぎ、社会の枠組みすら大きく変える可能性が非常に高い動きですから、知らないで済ますことはできません。
既に企業レベルでは、カーボンニュートラルに関する自社の取組内容や脱炭素技術などを訴求するコミュニケーションが始まっています。この先は、規模の大小にかかわらず、「具体的にどのように取り組んでいるか」「数値で示せる成果を上げているか」が企業の価値評価に結びつくことになってゆくと考えます。さらには、カーボンニュートラルへの積極的な取組、発信が新たなアドバンテージ獲得につながることが期待できるでしょう。
いずれにしても様々な局面で「脱炭素」「CO2削減」の視点を持つことの重要性が増してきていることはno doubtです。