いわゆるバブル崩壊から30年以上の月日が流れ、生活者の身の丈志向はすっかり定着しました。贅沢なお出かけで散財するよりも、日々のおうち生活を充実させるほうが賢くて素敵と思うようになっています。そしてこのおうち志向は、このコロナ禍でいやおうなしの閉塞感も伴いつつ加速されるかたちとなりました。そろそろ解放されて「ここぞ豪華旅行!」と反動的に派手に発散したい意欲も高まってきそうです。そこで今回は、リッチな観光トレンドに焦点を当てつつ、それを利用する富裕層の実態について見ていきます。
日本の富裕層
日本の豊かさの現況
長期化する景気低迷で贅沢とは程遠い昨今。そうしたなか高級マンション価格の高騰や贅沢なリゾート施設のニュースも目にします。いま日本の豊かさとは、どうなっているのでしょうか。2020年国税庁調査では、年間の平均給与は433万円で、前年比0.8%減となっています。構成比でみると、200万円~500万円の層で大半を占め、2000万円以上の上位層は、0.5%と極わずかしかいないという状況です。(
国税庁「民間給与実態統計調査」)
また、資産の状況でみてみると、2019年総務省データでは、負債を差し引いた貯蓄、宅地、住宅を合わせた家計資産総額の中央値は1422万円。総額の分布としては、150万円未満が22.4%と最多で少ない階層に偏っています。年代別では、世帯主が80歳以上の世帯の資産が最も多くなっています。定年後世代のほうが、若い現役年代よりも負債も少なく豊かな資産を有しているという傾向が顕著です。(
総務省統計局 全国家計構造調査)
また、この総資産額は近年減少傾向にあり、少ない階層と多い階層との間の格差が広がっています。要因としては、年齢の蓄積で差が広がる傾向を受けて、高齢化があがりますが、さらに、若年層の正規・非正規雇用の分化も指摘されています。全体として、働いても豊かになりづらくなっている一方で、一部の人々のみが豊かさの特権をますます享受していくという構図が明らかになっているのです。
豊かさの価値観
今後、豊かな一部の層の特別感がさらに増していく日本。では、どんな富裕層がそのスペシャルなポジションを得て暮らしているのでしょうか。求める豊かさはライフスタイル観によって違ってきますから、ただ高額なものに囲まれて暮らしているというイメージだけでは彼らをビジネスのターゲットとしてつかむことはできません。きめ細かいインサイトが必要です。
まず最も注目すべきは、現在マジョリティのシニア層とこれからの若い層との間の、豊かさ観の大きな相違です。これは年代だけの違いではなく、育った時代性背景も加味した「世代の特性」も影響しています。日本人の価値観は、バブル時代の楽しさを知っているか否かで大きく分かれています。その分岐点にいるのは、バブルの謳歌を逃した最初の世代、現在ちょうど50歳になる「団塊ジュニア」です。その上の世代、還暦にむかっている「新人類世代」以上の年配層は、若いころから経済の成長の恩恵を受け、高価なブランドモノなどのステータスシンボルを顕示する経験の楽しさが身に染みています。現在も富裕層ははっきりとその価値観を持ち続けています。一方で、団塊ジュニア以降の若い層になるほど、日々の出来事、ライフスタイル全体をいかにハイセンスに上質に演出しているかを重視し、クリエイティビティあふれる暮らしをストーリー化してSNSなどで発信する傾向にあります。
Tips シニア世代は豊かさのシンボル所有、若い世代は豊かさを創出するストーリー発信
2つのリッチ層の旅行トレンド
この豊かさの二分化傾向は、旅行やレジャーのシーンで、特に昨今は国内旅行のコロナリバウンド需要において、顕著に表れています。まさに「令和版 バブル継承型」(シニア層中心)と「新時代 牽引型」(ヤングミドル中心)の2タイプに高額旅行の動向を分けることができます。富裕層のインサイトが浮き彫りになる、攻略の様々なヒントが見えてきますので、ここでその代表的な国内事例をご紹介していきましょう。
令和版 バブル継承型(シニア層中心)
富裕層シニアの間では、コロナ禍で海外渡航の自粛から、国内で最高の体験をしようというニーズが高まっています。グルメ、絶景、宿泊施設、すべて日本の贅を尽くした1泊20万円超の少数限定のエクスクルーシブなプランが人気です。高級女性誌やカリスマアーティストなどが手掛けるラグジュアリーな企画は完売するほどの盛況です。
1. お墨付きの本物「世界遺産」や「秘蔵の宝」を独占できるプランが人気。
エクスクルージブといっても、とりわけ誰もが認めるお墨付きの本物を独り占めしたい。人気の高級ツアーには、一般には近寄ることのできない秘仏や有名作家の掛け軸、有名寺院の奥の間などが特別に体験できるプランが盛り込まれています。「あの国宝を特別に拝観してきた!」「あの世界遺産の城を自分だけに開放してもらった!」…そんな特権的体験は、うんちく抜きにそのまま語って誇れる自慢の逸話になります。誰もが近づけない最高峰の品々を半ば自分のものにできたステータス感に酔いしれ、自らの記憶にも刻印するのです。
2.「サプライズ感」ある体験で、飽きることなく贅沢を楽しむ
贅沢が日常茶飯事化している富裕層は、もはやありきたりのラグジュアリーでは満足できなくなっています。究極の贅との遭遇体験を驚きのあるものに。行先を明かさず、現地で最高のおもてなしをするサプライズなツアーも定番のひとつです。なかでも人気なのは、一流のシェフとトップクリエーターで手掛ける野外レストラン企画。地元の人たちとのコラボレーションで、数日間だけの洗練されたオンリーワンの極上体験を楽しめます。
新時代 牽引型(ヤングミドル中心)
新時代の富裕層は、つくられた贅の受け手にまわるよりも、滞在している土地に何らかの施しをする「ノブレスオブリージュ」感覚が根付きつつあります。旅行というレジャーにおいても、地方創生の延長上のように自分をSNS等でアピールできる、活動家としてのステータスを感じられる滞在が求められています。
1. 従来型の概念を覆す、大自然の新たなプレシャス
都会の豪華さと対極的な大自然の贅沢、それは「なにもない」壮大な環境。地球科学的な遺産ともいえる絶景の離島を最高級の滞在空間にしたてたジオパーク満喫型のホテルや、自然共生をコンセプトにSDGs配慮の洗練された建築施設でサスティナブルを体感する高原リゾートなど、新たなかたちの最高級を提供する企画が人気を集めています。そしてそこに滞在すること自体が、自然保全につながるプレシャスなアクションとなっています。
2. 地元の「名士」的にふるまう事業介入型プラン
テレワークの普及で他拠点生活が浸透するなか、多くの起業家にとって、リゾートも普段の活動の一環に組み込まれる傾向に。自身の存在感をアピールする応援滞在型の楽しみ方が増えています。農業×観光など、地場の産業活性アクションつきの「ボランツーリズム」で、希少な品種の生産や、秘境の保全など、ここにしかないニッチ体験の楽しさを満喫しています。また、クラウドファンディングや発信活動などの貢献で、その地域の重要な存在となる手ごたえもあります。
Tips シニア世代も若い世代も、「簡単にはたどり着けない特権感」がツボ。
まとめ
簡単にリッチを目指せない経済低成長時代です。富裕層はますます限られた存在としてその特別感を増していきます。高額旅行における「究極的な特権感」志向は進んでいくでしょう。ただ、それは本人の満足感だけでなく、文化遺産や自然の保護、地方創生などに寄与するかたちになっているのは良い傾向と言えます。今後様々な社会貢献活動を企てる際には、こうした富裕層のレジャーニーズを活用していくこともひとつの策として有効でしょう。
旅行は脱日常の行為であり、そこには人々の価値観や真のニーズが反映されます。旅行トレンドを分析して、そこから見出されるものは、各種マーケティング戦略への応用の価値もありますから、ぜひウォッチしてみて下さい。