この「ランウェイPLUS」を見ている方の中には、販促プロモーションや広告プロモーションに関わっていらっしゃる方も多いことと思います。 プロモーションやマーケティングの領域では、「情報に触れ、その後、行動(購買)する」までの、ひとの一連の行為をあらわす“購買行動モデル”について科学的な分析や研究が行われてきました。 購買行動モデルのフレーミングも AIDA、AIDMA、AIDCA、AIDCAS、AIDAS、AMTUL、AISCEAS、AIDEES、AISAS…等々、視点や時代によって様々なものが提唱されてきました。 このコーナーではメディア接触後にもたらされる生活者の意識行動分析に関して、特徴的なものをいくつか紹介していきたいと思います。
「欲求」について
情報洪水や情報爆発と言われるほどの大量の情報があふれる現代においては、購買行動モデルの「A」=Attention(注意)から「I」=Interest(興味関心)への段階でニーズマッチングがなされなかった時点で“スルー”されることになります。このため今の時代に一層重要になってきているのは発信側の目立たせる工夫ではなく、むしろ受け手側にとっての興味関心のニーズ(=欲求)を探ることだと言えるでしょう。商品開発はもちろん、広告やプロモーションでのターゲットマッチングにおいても同様だと言えます。
それでは メディア接触後、購買に至るまでの意識・行動に関して考えるにあたって、その前提となるわたしたちの「欲求」についての代表的分析をいくつか見ていきたいと思います。
マズローの欲求ヒエラルキー Maslow's hierarchy of needs
この欲求に関する領域の分析でもっともポピュラーなものが「マズローの欲求5段階説」でしょう。
一般的な説明としては、「アブラハム・マズロー(1908-1970)は、人間の欲求が5つの階層からなり、低い階層の欲求が満たされてはじめてより高い階層の欲求が生まれると主張。最も低い階層の欲求は『生理的欲求』で、それが満たされると、2階層目の『安全の欲求』が生じる。3階層目は『所属と愛の欲求』で、これが実現すると、4階層目の『承認欲求』が生じる。承認欲求が満たされて初めて生じるのが、最も高い階層の『自己実現の欲求』である。」です。
<引用:「心理学大図鑑」pp.120-121/(株)ニュートンプレス>
しかし、マズローの著作「人間性の心理学 モチベーションとパーソナリティ」(1954年)では、このピラミッドは登場しないのです。また、わざわざページを割いて「実際、このヒエラルキーは、我々が示してきたほど不動なものではない。(中略)いくらか例外もあった。(中略)逆転が起こる(後略)。」<p.80 基本的欲求階層の不動性 >
「これら5つの欲求は、一つの欲求が満たされると次の欲求が現れるというような関係であるかのような印象を与えたかもしれない。これは、一つの欲求は、次の欲求が現れる前に100%満たされなければならないかのような誤った印象を与えることになる恐れがある。(中略)たとえば独断で数字を当てはめてみると、平均的な人では、おそらく生理的欲求では85%、安全の欲求では70%、愛の欲求では50%、自尊心の欲求では40%、自己実現の欲求では10%が充足されているようである。」<p.83 相対的満足度>と言及しています。
マズローは「5段階」とは言っておらず、また上記のような「独断」も入っており、ピラミッドの三角形を用いたフレーミングも同様に後世の人物がおこなったようです (ある種の人たちはヒエラルキーをトライアングルフレームワークで表現したくなる傾向があるようです)。そのため、マズローの分析については、その大意を汲み取りつつ、少し柔軟に捉えた方がよさそうです。
むしろ重要なのは、マズローが自身の著作の中で「人間の動機づけに関する理論」として「願望は、通常それ自体が目的なのではなくむしろ目的に至る手段なのである。我々は、自動車を手に入れたいためにお金がほしいのである。それも結局は、近隣の者が車をもっており彼らに劣等感を感じたくないために車がほしいのであり、自尊心を保持し続け、人に愛され尊敬されるためなのである。」<p.35 第3章 動機づけ理論序説>と、個別の願望の先にあるものとして「基本的欲求」の存在を強調して示していることです。
ヘンダーソンの14の基本的欲求 The 14 fundamental needs
マズローと並ぶ もうひとつの例として ヴァージニア・A・ヘンダーソン(1987-1996)の「14の基本的欲求 The 14 fundamental needs」を見ていきましょう。
【ヘンダーソンの14の基本的欲求/1955】
1. 正常に呼吸する
2. 適切に飲食をする
3. あらゆる排泄経路から排泄する
4. 身体の位置を動かし、またよい姿勢を保持する
5. 睡眠と休息をとる
6. 適切な衣類を選び、着脱する
7. 衣類の調節と環境の調整により体温を保つ
8. 身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護する
9. 環境のさまざまな危険因子を避け、また他人を傷つけない
10. 感情、欲求、恐怖、意見を表現して他者とコミュニケーションする
11. 自身の信仰に従い礼拝する
12. 達成感をもたらすような仕事をする
13. 遊ぶ。さまざまなレクリエーションに参加する
14. 正常な発達や健康を導くような学習・発見をし、好奇心を満たす
<参照:看護論 The Nature of Nursing/ヴァージニア・ヘンダーソン 著(日本看護協会出版会) をもとに筆者まとめ>
このヘンダーソンの著作は看護のためのテキストであるということから患者の最善のケアのため、マズローの「生理的欲求」部分を細やかに分類した項目(1番~8番)が多い印象ですが、9番以降に社会性に関するものが現れており、マズローの上位の階層と対応しています。
グラッサーの5つの基本的欲求 5 Basic Needs
ウィリアム・グラッサー(1925~2023) は、「選択理論(全ての行動は自分の選択であるとする考え方)」(1996年)のなかで「5つの基本的欲求」を示しています。
①生存の欲求 Survival <健康、住居、栄養、繁殖性などすべての生理学的欲求。安全や安心感という心理的要素も含む>
②愛と所属の欲求 Love&Belonging <友人、家族、親密なパートナー、同僚、ペット、所属するグループなど、他者とつながりたい衝動>
③力の欲求 Power <大切にしたい、変化したい、達成したい、能力発揮したい。認定・尊敬されたい。自尊心やレガシーを残したいという願望を含む>
④自由の欲求 Freedom <選択肢を持つ、独立して自律する。制限なく自由に動ける。創造性。>
⑤楽しみの欲求 Fun <楽しみ、遊び、ユーモア、リラクゼーション、関連学習を含む>
マズローやヘンダーソンの分析を踏まえながら整理された印象です。こちらでは階層は示されていません。
[Tips]マズロー、ヘンダーソン、グラッサーなどによって人間の「基本的欲求」が整理されている。
生理的欲求に加え、社会性をもった欲求も「基本的欲求」に含まれる。
「購買行動」について
コトラーの「5段階の購買行動」
フィリップ・コトラー(1931-)は消費者の購買行動を5段階にまとめています。
1. 問題の特定 <自身が満たされていないニーズやウォンツがあるか>
2. 情報検索 <認識された問題への最善の解決のための情報を探す>
3. 代替物の評価 <外観、品質、価格、サービス、人気、ブランド、レビュー等を評価し、選択する>
4. 購買 <購入先、支払方法等も含め購入を判断する>
5. 購入後評価 <満足/不満について評価する・レビューする。返品する>
アサエルの購買行動分類
ヘンリー・アサエル(1935-)は、[商品への関与度]×[ブランド認知度]という2つの軸によって購買行動を4つに分類しました。それによると消費者の購買行動は、次の4つのタイプになるというものです。
A) 複雑な購買行動 Complex buying bahavior
B) 多様性を求める行動Variety-seeking buying behavior
C) 不協和を抑える購買行動 Dissonance-reducing buying behavior
D) 習慣的な購入行動 Habitual buying behavior
このように、コトラーは購買行動を一連の流れで、アサエルは買い手と商品の情報距離で、分類を図ろうとしています。これらはともに特に商品開発やマーケティングプロモーションのプランニングの際に活用するのが有用だと考えられます。なお、これら購買行動の分析が、前述の欲求分析と比べたときにプランニング側の視点が強く出るのは、コトラー、アサエルの二人がともにマーケティングの研究者だからでしょう。
現代のマーケティング課題に照らして
直近の商業活動においては、コトラーが5つめに「購入後評価」という項目を入れたように、売り手と買い手は、買い続ける場合も、買わない場合でも評価についてレビューを発信するなど、直接間接に継続的な関係となっています。売ったら終わりではありません。
またアサエルの分類が示すのは、購買決定のために情報が欲しいという一定層が存在するということです。売り手は、情報過多と言われる世の中でも情報を求められています。情報を“スルー”されないようにそれを何処にどのように入れていくのか…は、作り手/売り手の設計の為所(しどころ)であると言えます。
[Tips]コトラーは購買行動を一連の流れで、アサエルは買い手と商品の情報距離で分類している。情報過多の時代にあっても、情報発信は求められている。
まとめ ~ グラッサーとマズローの示唆
近年のテクノロジーの進化のなかで、情報は大量複製・大量発信が可能になり受け手の許容量を超えて流通しています。そうした中で、送り手側は、どのようにしたら接触できるか、目立つか、印象に残るか、爪あとを残せるか…に執心しているようですが、冒頭で触れた通り、情報の受け手側は自然のうちに自身の対策として情報の取捨選択を行っています。またネガティブな記憶に残ったものは注意すべき対象としてマークされていきます。
また、これに関連して、時間がない中では、そのブレッシャーが加わることで消費者の商品選択に変化が起き、選択のストレスとリスクを減らす行動のひとつとして「ネガティブ情報に注目する」ことが指摘されています。
こうした現代の動向に警鐘をならすように、マーケティングや広告において、さらに商業活動以外(行政等)の普及啓発活動なども含めて、そのプロモーションにおける注意点をグラッサーとマズローは提示してくれています。
グラッサーは「選択理論」のなかで、関係を壊す外的コントロールの要素として以下の7つを示しています。
1. 批判する
2. 責める
3. 文句を言う
4. 口やかましい
5. 脅す
6. 罰する
7. ほうびで釣る
この習慣が実践されるところでは、人は基本的欲求が充たされず、問題が発生するのだそうです。
ちなみに、人間関係をつなぐ習慣とされるのは以下のとおりです。
1. サポートする
2. 励ます
3. 聞く
4. 受け入れる
5. 信頼する
6. 尊重する
7. 意見の相違についての交渉
また、マズローは前述の著作「人間性の心理学」で以下のように述べています。
「基本的欲求の満足には、欠くことのできない直接的前提条件が存在する。(中略)言論の自由、他人に危害を加えない限りしたいことをする自由、自己表現の自由、調べ情報を収集する自由、自己防衛の自由、正義、公正、正直、グループ内の規律正しさなどは基本的欲求満足のための前提条件の例である。
認知的能力(知覚・知性・学習)が、他の機能の中でもとりわけ基本的欲求を満足させる機能を持つ適応的道具であることを思い起こせば、それが危険にさらされること、すなわちそれを自由に駆使することが奪われたり邪魔されたりすることは、明らかに、間接的に基本的欲求それ自体が脅かされることになるにちがいない。(中略)秘密主義、検閲、不正直、コミュニケーションの妨害などが、あらゆる基本的欲求を脅かすのである。」
メリットを提供しているのに、あるいは、伝えているつもりなのに普及浸透がうまく進まないというケースではこの指摘で示されているような受け手にとって受け入れられない問題があるのかもしれません。この先人の示唆は、テクノロジーの進化する現代においてこそ一層注目すべきものとして、プロモーションプランやクリエーティブメッセージを定める際の重要なヒントを含んでいます。