日本国内は少子高齢化の傾向が止まらず、大学は「全入時代」と言われ、一般論として民間の教育産業の市場規模は縮小していると言われています。その一方で、「リカレント教育」と呼ばれる社会人の生涯教育を目的とした教育産業の市場規模や、資格取得のための受験対策予備校などの教育産業の市場規模、また、コロナ禍の環境下で発達したe-Learningなどの技術を活用した新しい教育産業の市場規模などは成長しています。このような教育産業の市場規模環境全体の変化の中で、どのようなマーケティング活動が行われているのか、今後、どのような教育産業の市場規模を狙っていくべきなのか、といったことについて見ていきたいと思います。
※なお、本稿では一部のデータはコロナ禍以前のものを用いていますが、これは、コロナの影響を排除した時系列のトレンドを見るという目的によるものです。
従来型の教育産業
小学校・中学校・高等学校
小学校・中学校などの公立学校をはじめとする公教育は、教育産業として見た場合、その主な担い手は国や地方自治体等の公的機関になります。これらの領域では、マーケティング活動が行われることは基本的にはありません。義務教育ではない高校でも同様です。しかし、少子化の影響で、私立学校の生き残り競争は厳しくなってきています。小学校に比べ中学や高校では私立学校の比率が高まりますが、中学生や高校生の生徒数は減少する一方であるため、学校間での生徒の取り合いは必然的に激化します。公立の学校は学区の関係で生徒を奪い合うということは起こりにくい構造になっていますが、私立学校は生徒数が学校の収益に直結するため、生徒の数の維持は重要な学校経営の課題となっています。
また、大学の進学率は高まっており、文科省の学校基本調査によると2021年度の大学進学率は54.9%で過去最高となっています。このような状況の中では、中学や高校は大学進学希望者を前提とした教育になる傾向が強まるため、大学受験を前提とした教育内容をアピールするニーズが生まれます。近年、大学受験の制度自体を見直す動きが活発化しており、過去の知識偏重型の受験ではなく、考える力を重視したり、課外活動も含めた高校生活全般の活動を併せて評価しようとする動きが強くなったりしているため、それに対応したカリキュラム構成や、コース別のクラス編成などを行う学校が増えています。また、公立学校でも中高一貫校が増加し、私立学校のような大学受験対策を可能とするカリキュラムを提供する公立中学・高校も出てきています。
これらの学校間の競争を反映して、生徒の獲得を目的とした広告活動も行われていますが、中学や高校は小規模なところが多く、大規模なマーケティング施策は行われていないのが現状です。また、高校以下は生徒の大半が未成年であり、通学圏も保護者の居住地域内に限定されることが多いため、地域に限定した広告が行える交通広告などの手法によるものが多くなっています。ただ、高校ではオンラインで授業を受けることが可能な学校も現れており、今後は地域に限らないマーケティング活動が増加するかもしれません。
大学・大学院
少子化の影響で小学校・中学校・高校の数は減少していますが、大学・大学院の数は増加しています(経済産業省:2018年)。これは、社会の変化に対応し、高等教育の内容の多様化や、社会人大学・大学院などによる生涯教育の受け皿の増加が要因と考えられます。
大学では学部を新設したり、再編成したりして、新しい時代に対応できる人材の育成を行おうとする大学が多くなっているのに加え、既存の大学内の改革に留まらず、新規の大学も現れています。これも、高等教育のニーズの多様化を反映しているといえます。
また、生涯教育については、古くは、学生時代の終了とともに就職をすると、その時点で教育を受けることは無くなり、以降は学校とは無縁のまま生涯を終えるという人が多数派でした。しかし、「人生100年時代」と言われるような時代の訪れとともに、社会全体の少子高齢化の影響で年金の受給開始年齢が上昇し、以前のように60歳前後で定年を迎え、以後は年金暮らしという人生設計のモデルが揺らぎつつある中で、社会人になったあとも「学びなおし」の機会を求める人が増加しています。また、企業の活動も多様化し、その変化も加速しているため、学生時代に身につけた知識で生涯キャリア全体を賄うことが困難になってきています。
こうしたニーズに対応するため、大学や大学院の増加、そして改革が続いていますが、それと同時に、大学の生き残りは中学や高校にも増して厳しくなっています。少子化の流れで18歳人口は年々減少しており、それに伴い大学受験生の数も減少しています。過去には大量の受験生による受験料収入が大きな収入源となっていた私立大学もありましたが、このような市場は縮小しており、受験生の奪い合いが激化しています。
こうした傾向を反映して、大学・大学院による広告活動は、高校以下の学校に比べて活発に行われています。また、大学と大学院ではそのターゲットが異なるため、広告活動にも違いが生じています。大学の学費は保護者が負担することが多いのですが、大学院では学生自身が負担する場合も増え、特に社会人大学院は学生自身や学生が所属する企業などが負担する場合のほうが多くなっています。そのため、広告メディアも、大学は全国の高校生とその保護者をターゲットとした新聞広告やオンラインでの広告、大学院は社会人を対象としたメディアを活用する場合が多い傾向があります。また、法科大学院や会計大学院などの専門職大学院は、これらの専門的な知識を扱った雑誌媒体などがよく活用されています。
大学・大学院のニーズは今後も高まることが予想され、そのためのマーケティング活動も活発化していくと考えられるでしょう。
学習塾・予備校・資格スクール
学習塾・予備校の2020年度の市場規模は前年度比4.9%減(矢野経済研究所)となっていますが、これはコロナ環境下の一時的なものと考えられ、少子化が進む中で受験生の数は減少するものの、大学進学率の上昇が示すように大学進学のための対策のニーズは高まっているため、市場全体の規模は一定規模を維持して推移していくと考えるべきだと思われます。
学習塾や予備校は以前から積極的に広告を行っており、大手ではベネッセ、日能研、四谷学院などはマス広告も行い、テレビCMやオンライン広告などを活用したこともありました。この市場は純粋な競争市場であるため、このような積極的なマーケティング投資による競争は自然なことといえるでしょう。
また、社会人向けの予備校的な存在が資格スクールです。法律や会計系の資格の専門学校は古くから存在しました。大手ではTAC、LEC、早稲田セミナー、辰巳法律研究所、伊藤塾、といったところがあげられます。また、ITスキルや語学では、アビバ、パソコンスクールwin、ベルリッツ、GABA等があります。これらのスクールではマス広告を活用するところもありますが、社会人が通勤に活用する電車の交通広告や、オンライン広告でターゲットを絞り込んだコミュニケーションを行うことも多くなっています。社会人向けのスクールでは、費用を負担するのは受講をする人自身であることが多いのがその理由だと考えられるでしょう。
Tips
・少子化の傾向はさらに進んでいくが、内容次第で教育産業の市場規模を拡大することは可能。
・教育産業の広告コミュニケーションは、ターゲットを明確に見極めて実施することが大切。
新しい教育産業の市場
新ジャンルの教育産業
従来の教育産業にはなかった内容の塾やスクールが増えています。例えば、プログラミングを教える教室は、子供向けのものがとても増えています。また、子供のみならず、実務での活用を目的とし、ITエンジニアではない人を対象としたプログラミング講座も、現代のニーズを反映して、増加傾向にあります。また、小学生を対象にした実験教室も人気が高まっています。これは、参考書や問題集といった資料を使った授業に比べ、小学生がよりリアルな体験に基づいて学ぶことができたり、それによって記憶への定着が強く促されたりすることを保護者が望んでいるのが理由だと思われます。同様に、山や海で生き物を観察するツアーなども、教科書による学習ではなく、リアルな体験にもとづいた学びをさせたいという保護者の希望が高まっていることが要因だと思われます。
これらの新ジャンルの教育については、マス広告を行うところもありますが、新しいものを好む人がターゲットになることが多いため、オンライン広告によるコミュニケーションが中心となっています。
EdTech
IT技術は教育環境の進化にも欠かせなくなっています。特にコロナ以降、従来のような教室での授業スタイルからオンラインでの講義にシフトする傾向が一気に加速しました。もちろん、全てがオンラインに置き換わるわけではなく、実際に自然を観察することや、リアルで人と対話することでしか学べないことも多く、オフラインでの教育環境も残っていきますが、今後はオンラインとオフラインの両方を適切に組み合わせた教育方法が求められるようになっていくと思われます。
IT技術の活用方法としては、オンライン講義に加え、オンラインテキスト、オンラインで他の学生との議論を行うゼミ、学習の進捗状況のモニタリングを行うアプリケーション、オンラインでのテストの実施、等々、様々な方法があります。それをサポートするツールも既に多数存在しています。スマートフォンのアプリを活用したものも多く、アプリ内広告で収益を上げることで安価にサービスを提供したり、無料で提供したりしているものもあります。
こうした「教育のDX化」は、ますます加速していくと予想されます。
Tips
・従来は存在しなかった新しい教育ニーズが増加。
・オンラインとオフラインの環境を組み合わせたハイブリッド型の教育環境の普及が予想されます。
まとめ
教育産業の市場規模全体は少子化の影響で縮小傾向ですが、社会の変化に合わせて教育ニーズは常に発生しており、そのニーズに対応した教育産業は今後も生き残っていくと考えられます。また、その産業を世の中に浸透させていくためのマーケティング活動も継続していくことでしょう。教育産業は、知恵を働かせて取り組むことで、今後も成長を続けていく市場だと言えそうです。