相変わらずさまざまなカタカナ言葉が現れては消えるデジタルの世界。最近の頻出ワードは何といっても「DX」ではないでしょうか。でも、今までも似たような言葉として「デジタル化」という言葉がありました。何が、どう違うのか?通常デジタル機器やインターネットを使っている方でも明確には答えられないかもしれません。掘り下げてみましょう。
そもそもDXとは?
経済関連や技術動向の記事や広告だけでなく近頃は様々な文脈で必ずと言ってよいほど出てくる単語「DX(デジタルトランスフォーメーション)」ですが、元々は2004年にスウェーデンのエリック・ストルターマン教授が提唱した「ICT(注1)の浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」と言う考え方だったそうです。(注2)ですが、日本では2016年ごろから「IOT」や「何々2.0」に続くトレンドワードとして使われるようになりました。 下のグラフはGoogleが提供する「Googleトレンド」と言うサービスを使って「デジタルトランスフォーメーション」という単語が日本国内でGoogle検索された回数を表したものです。(横軸は期間、縦軸は実際の検索回数ではなく最高値を100とした比率です)これを見ると元々のスウェーデンの論文が発表された2004年ごろ(a)に少し検索回数がありましたが、その後は永らく忘れ去られていたようで2016年後半(b)から検索回数が増え始め2020年から急に跳ね上がっています(c)。いったい何があったのでしょうか。
大きく伸びた要因の一つは2018年に経済産業省が発表したレポート「DX(デジタルトランスフォーメーション)レポート ~~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」(注3)でデジタルトランスフォーメーションと言う単語が国策キーワードに据えられたことが大きいと思われます。またこの時の副題『2025年の崖』もバズワードとして注目されました。
『2025年の崖』とは何だったのか?
この経済産業省のDXレポートで指摘された点は以下の通りです。
- 将来の成長のためにはデジタル技術を活用し新しいビジネスモデルを創出しなければならない(=DX)
- それは皆理解しているが忙しくて手が付けられない
- だがこのままでは日本の産業は生産性が低いままで国際競争力を失う
- 2025年には多くの中小企業が使用している基幹システムの最大手SAP社のERPの旧型版のサポートが終了するため、システム改修に必要なリソース(IT人材、開発業者)がひっ迫し、デジタル化案件全般に対応が間に合わない落ちこぼれ企業が出るリスクがある。
- だから今(2018年)からDXに取り掛からなければ間に合わない!
と言うことであったと思います。しかしながら後に経済産業省自身が2020年に発表した続編のレポート「DXレポート2」(注4)では反省点として「この基幹システム(ERP)の改修をすることがDX」との、本質ではない解釈を生んでしまい、「我社は2025年までに新基幹システムに改修できるからとりあえず大丈夫」という停滞を生じてしまったことを認めDXレポート2ではもう少し細かいカテゴリー・業務領域ごとにすぐに取り組むべき例を提示しました。それが以下の4領域でのDXの方向性でした。
業務環境のオンライン化 ⇒ テレワーク、リモートワーク、オンライン会議
業務プロセスのデジタル化 ⇒ 紙書類の電子化、営業活動のデジタル化
従業員の安全健康のデジタル化 ⇒ 現場作業員の安全健康管理、人流測定
顧客接点のデジタル化 ⇒ EC開設、チャットボット等の顧客対応自動化
このように具体的に課題がブレイクダウンされた結果、それぞれの課題に対応する「営業DX」「業務改善DX」「人事DX」「顧客管理DX」などのオンラインサービスやツールが多く現れ、「××DX」という単語が次々と生まれてきました。またこれらの現場向けDXサービスは「基幹情報システム」のように入れ替え導入に会社経営層の判断が必要な大ごとではなく、月額使用料の経費で(現場の判断と予算で)導入できるものが多かったのも普及が進んだ一因だと思われます。
こうして2020年は「××DX」が飛び交う年となりましたが、同時に「DXとは業務をデジタル化することだけで終わりではない」という指摘もありました。先述の経済産業省のレポートによればDXは以下の3段階で取り組むべきものとされています。
第1段階「デジタイゼーション」
アナログ、物理データのデジタルデータ化
第2段階「デジタライゼーション」
個別の業務・製造プロセスのデジタル化
第3段階「デジタルトランスフォーメーション」
組織横断/全体の業務・製造プロセスのデジタル化、“顧客起点の価値創出”のための事業やビジネスモデルの変革
即ち、「今の仕事をデジタルデータ化して効率化自動化しただけでは終わらず、それにより新しい付加価値、新しいビジネスモデルを生み出すこと」が「DXのゴール」とされました。これはどういうことでしょうか。
Tips DXは経産省発・「デジタル化の次にあるもの=価値創出」
インターネット広告はDXなのか?
この「ウリアゲガンバ」では広告・マーケティングに関する話題を紹介していますが、実はインターネット広告に当てはめてみると「DXのゴール」が分かり易いと思います。
- デジタイゼーション:新聞雑誌・テレビラジオのコンテンツをインターネット上に移植展開する(インターネット媒体化)。
- デジタライゼーション:インターネット広告は広告表示だけでなく計測システムに直結することでレスポンス率の測定がリアルタイムで可能になり広告効果を即時に数値化(デジタル化、見える化)し高度な分析が簡単にできるようになった。
- デジタルトランスフォーメーション:リアルタイムで計測できる広告レスポンス率と、ユーザーの個人情報(名前住所は取得しなくても、過去のコンテンツ閲覧履歴、EC商品購入履歴など)をマッチングし、最も購入見込みの高い顧客に広告を自動的に配信することで、媒体社は広告枠の効率的な販売が可能になる。
上記のように当てはめられます。ユーザーの立場から見れば、興味のない広告を延々見せられことがなくなり、広告主も費用体効果が改善され、結果的にネットメディアの広告売上げが上がればまさに「三方良し」です。インターネット広告は急速に発展拡大した大きな理由は「DX」だとも言えるわけです。
もちろんこれはアナログ媒体社がインターネットメディアに進出しインターネット広告で収益を増やすという「媒体社」のDX成功事例ですから、インターネット広告に広告出稿をする広告主も即DX達成と言うわけではありません。しかし、例えばEC(Eコマース)について、インターネット広告をマーケティング施策の中心に据えECの体制を整えるために必要な支援サービスが、コロナ禍のEC利用率の上昇に合わせ多数誕生してきており、以前よりは参入ハードルが低くなりました。
コロナ禍で一気に進んだコミュニケーションのDX
DXの前段階であるデジタル化の進展状況は業種によってもちろん異なります。前述の消費者向け商品の販売ビジネスであればEC化も比較的容易でしょうが、対面営業でなければならない、あるいは顧客のもとに出向く必要のある営業や保守サービス、テレワークは不可能だと思われていた業種サービスでもコロナ禍の規制のため否応なしにリモート化、テレワークが進みました。
今や初対面でZOOMやTeams、Skypeなどのリモート会議システムで商談を行っても「一度もリアルな挨拶に来ないのは失礼だ」などと思う人は少ないでしょう。むしろ感染リスクを下げるための気遣いだと思われる時代に一気に変わりました。
リモート会議のメリットは移動時間の短縮だけでなく、実は会議議事録(文字起こし)の自動化により営業日報をわざわざ書き起こして報告する手間が省ける見込みが立ったことが大きいと言われています。これで、対面営業の情報も、その他の顧客情報(メール、チャットボット、電話番号、SNSのIDや自社HPからの情報)と同様にデジタルデータとして扱えるようになり、今後はインターネット広告で培ったデジタルマーケティングのスキルが生かされることが期待できます。
Tips 否応なしに始めたオンライン会議も、積極的活用で意外な効率化が
まとめ
「言葉は生きている」と言われますが、最新の事象をベースに生まれた新しい言葉が、その言葉の表す事象の方がどんどん進化することで、逆に言葉が置いてけぼりとなり陳腐化して見えるという現象が、特にデジタルの世界では日常的に起こっています。「デジタル化」と「DX」が表す概念的な意味は同じですが、具体的な事象は大きく変わりました。見方を変えれば、デジタル世界の進化から目を離すな、という教訓を言葉が伝えてくれているのかもしれませんね。
注1:「Information & Communications Technology」の略。情報通信技術。
以前はIT(Information Technology)と表記することが多かったがITがコンピューター関連の技術を指すのに対して、ICTはコンピューター技術の利活用を含む意味合いが強く世界的にもICTの方が主流。
https://www.soumu.go.jp/soutsu/tokai/tool/yougo/yougo.html
注2:総務省令和3年情報通信白書より「デジタルトランスフォーメーション」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd112210.html
注3:経済産業省発表レポート
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
注4:経済産業省「DXレポート2」
www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-1.pdf
参考:SAP社のERP
ERPとは、Enterprise Resources Planning の略であり、日本語では「企業資源計画」と表記されることもあります。企業経営の基本となる資源要素(ヒト・モノ・カネ・情報)を適切に分配し有効活用する計画=考え方を意味します。要するに営業情報、在庫情報、人事情報、人件費管理など会社経営に必要な情報を管理するソフトウエアで「基幹系情報システム」とも言います。この分野ではドイツのソフトウエア会社「SAP」社が大きなシェアを持っており当時主力だったERPソフト「SAP ERP」は時期製品「SAP S/4HANA」にバトンタッチするので利用者へのサポートは2025年で終了すると発表されました。後にこの期限は2027年に延長され、さらに有償での延長も用意されたのですべてのユーザーが2025年で使用できなくなる事態はひとまず回避されました。
このへんの騒動はマイクロソフト社のWindowsが95,98,2000,XP,7と代替わりするたびに「間もなくサポート終了します。ウイルスの危険があるので新OSのパソコンに買い替えて下さい」という騒動に似ているとも言えます。