インターネット広告を俯瞰的に理解するために
インターネット広告はIT技術を積極的に取り入れ、日進月歩で進化して来ました。毎月のように新しい技術やアイディアによる広告サービスが生まれる刺激的な産業ですが、その度ごとに新しい単語が登場し氾濫するため難解と思われがちでした。しかし近年はAIの進化で各種ターゲティング広告の機能が統合されて自動的に最適化をしてくれるようになったのと、業界団体が平準化を進めてきたため、専門用語は大分整理されてきたと思います。
ここでは最低限知っておいたほうが良い技術・サービスについて解説しますが、例えば広告会社が提案してきたプランを評価するために辞書のように使える最新の参考書を選ぶなら、近年のプライバシー保護の大潮流を反映した最近発刊されたものをお勧めします。一般社団法人インターネット協会が毎年発行する「インターネット白書」はインターネット広告だけでなく技術情報やビジネストレンドを網羅した年鑑で、インターネットビジネス全体を理解するにはお勧めです。前年度版までは無料で公開されています。[注1]またJIAA(日本インタラクティブ広告協会)が発表している資料・マニュアル[注2-4]は特定の企業のサービスに偏りがなく常に情報がアップデートされていてお勧めです。
インターネット広告の種類とトレンド
蓄積した利用者の個人データを元にターゲット別に広告を出し分けることができるインターネット広告には様々な手法(広告メニュー)が存在します。効率的なメディアプランニングと運用をするために、あるいは広告会社が提案するプランを理解し、結果報告を精査するためには、本来なら広告主にも多岐にわたる手法や固有名詞、広告商品名を理解していただく必要があるのですが、なかなか大変だと思います。同じような広告サービスでも同業他社と差別化を図るため、インターネットメディア会社ごとに異なる広告メニュー名をつけたり広告スペースを大きくしたりしましたが、出稿する側からすれば多数のサイズの広告原稿を用意する煩雑さがかえって混乱を招き不評だったので、米国インターネット広告協会(IAB)が国際標準サイズを定め、現在では数種類のサイズに落ち着きました。広告フォーマットも整理され、主に検索結果ページに表示される文字だけの「テキスト広告」、従来のバナー広告は静止画か数枚のアニメで構成される「ディスプレイ広告」、「動画広告」に呼称が集約されました。
ターゲットをセグメントするために使用するデータには、それに紐づく広告の仕組みが多くあります。例えば検索した単語、GPSやWiFiスポットから推測した位置情報、精読したコンテンツ(コンテンツ内容をAIが分析してテーマを読み取る)、過去に購入利用した商品サービスなどのデータです。これらのデータからターゲティングしてユーザーの特徴、興味関心ごと、潜在的ニースを読み取り、ピンポイントで広告を配信するわけですが、以前は各機能が別々の広告メニューとして紹介されていました。やがて統合されユーザーの行動に基づきセグメントとターゲティングを行う「行動ターゲティング」と呼ばれるようになり、今では単に「ターゲティング」となりました。インターネット広告の配信を司る広告サーバーはAI技術で進化し、広告配信(どのターゲットに、どのような訴求の広告を配信するか)に広告成果(広告への反応、商品・サービスの購入につながったか)をフィードバックし常に最大の費用対効果を出すために最適な「運用」を行っています。むしろ今の課題は、運用に不可欠な個人データがプライバシー保護の影響で入手できなくなりつつあることです。
Tips インターネット広告のメニューは統合されシンプルに
いよいよ制限され始めたCookie
前述の通りインターネットメディア・プラットフォームはより精細で大規模なターゲティングを実現するために大量の個人データを収集します。メディア・プラットフォーム各社は、自社のサイトを訪問したユーザーの「行動」を記録し続けますが、ユーザーが一度離脱し再度アクセスしてきた場合、同一人物として認識できなければ連続した行動観察になりません。ここで使われてきたのが古くからあるシンプルな技術“Cookie(クッキー)”です。
ここでCookieの仕組みを説明しておきましょう。インターネットメディア・プラットフォームはユーザーがアクセスしてくると、要求に応じて指定のコンテンツをユーザーのPC・スマホに配信します。ちなみに“アクセス”するという言い方から、ユーザーがメディア・プラットフォームのサーバーに見に行くように感じますが、正確にはユーザーのパソコン・スマホ(クライアントと言います)がメディア側のコンピューター(サーバー)に必要なデータ(写真、テキスト、レイアウト指示)を送るように指示し、サーバーから送り返された(写真、テキスト、レイアウト指示)をクライアント側のパソコン、スマホに搭載されたブラウザーソフトを使用して元ページをディスプレイ上に再現します。この要求データが転送される際に広告原稿とCookieファイルも転送され広告はブラウザ上で指定の位置に表示され、Cookieファイルは一つひとつが異なる識別情報(例えば暗号化されたシリアルナンバー等)が記録された小さな容量のファイルとしてユーザーのPC・スマホの所定のフォルダーに格納されます。次回そのユーザーがアクセスしてきた時、サーバーはまずユーザーのPC・スマホ内に前回転送したCookieファイルを探し、シリアルナンバーからユーザーが誰であるかを確認し、必要に応じてサービスをカスタマイズし、受注した広告を指定セグメントに該当する場合は配信します。言わばCookieファイルはサーバー(メディア・プラットフォーム)がクライアント(ユーザー)に押し付けた名札のようなものです。こうしてユーザーが再訪するたびに、「行動データ」がメディア・プラットフォーム側に蓄積されていき、より詳細なユーザーデータ(興味関心、購買履歴など)が精緻化されていき、広告の効率が高まっていきます。
Tips Cookieはインターネット上のユーザーの「名札」
プライバシー保護に対応したブラウザー
ところがプライバシー保護の規制が強まり、メディア・プラットフォームはユーザーに対して「広告やサービスのため」とはっきりと理由と目的を明示したうえで、都度データ取集することを承認してもらうことが義務付けられました。シェア上位のブラウザー2社(Google Chrome、Apple Safari)もCookieの取り扱いを厳格化しました。特にAppleは従来からプライバシー問題には厳しく、ITP(Intelligent Tracking Prevention)という独自技術をSafariに実装し、広告マーケティング目的のCookieの配布と個人データの収集を厳しく制限しています。Google Chromeも2023年までには同様の対応をすると予想されています。
こうした状況を「Cookieレス時代」と言い、メディア・プラットフォーム、広告会社は代替技術の開発に取り組んでいますが、Cookieほどシンプルで普及した技術はまだ生まれておらずこれからも動向を注視していく必要があります。
インターネット広告ターゲティングに関する倫理問題とオプトアウト
合法的に入手した個人情報を活用して効率的なターゲティング広告を実施しても、かえって消費者に「気味が悪い」と敬遠される可能性もあります。「ちょうど欲しいと思っていたんだ。なんて親切な広告だろう」と思われるとは限りません。むしろ「どうして私の心配事を知っているのか」「しつこい広告だ」と不快感を持たれることも考えられます。
結局のところ何を誰に訴求するかという基本方針の最終決定は広告主がすべきものなのでインターネットメディアと広告会社はJIAAの研究会を通じて以下の提言を発表しています。
「広告を出稿するにあたり、ターゲティング配信の機能を利用してどのようなターゲットに対して広告を届けるかを選択するのは広告主である。ターゲティングの自主規制は、プラットフォーム側がどのようなセグメントを利用可能とするかというルールだけではなく、本来は、広告主側において社会通念上どのようなターゲティングが許容されるかを考慮して実施されるべきものである。」
(JIAA 「プラットフォームサービスに関する研究会 中間とりまとめ(案)」より)
また、過剰にターゲティングされている事を不快に思うユーザーは、その場で直ちに個人情報を使った自身へのターゲティング広告を停止するようにインターネットメディア(広告媒体社)に意思表示できるオプトアウトの仕組みを備えることが必須となりました。
Tips Cookie利用はユーザーの承認が必須の時代に
まとめ
インターネット広告が他の広告よりも効率的である基本の技術背景とも言えるCookieは、プライバシー保護の観点から今後その利用が厳しく制限されていくこととなるでしょう。その弊害が取りざたされる一方で、個々の生活者にとってより有益な情報を届けるシステムは多様化の時代に生活者に利となる技術でもあります。個々人に有益な情報を伝達することも、プライバシーを守ることも、大げさに言えば人間の尊厳にも関わる重要な問題です。
これからもユーザーデータを収集利活用する技術と、プライバシー保護に関する技術動向、法規制のせめぎ合いには注目していく必要があります。
注1: 一般財団法人インターネット協会 インターネット白書
https://www.iajapan.org/iwp/
注2:JIAA 広告フォーマットに関するガイドライン
https://www.jiaa.org/wp-content/uploads/2020/12/JIAA_format_guidelines_20201126.pdf
注3:JIAA ~ インターネット広告関係者が知っておきたい ~ 測定ハンドブック
https://www.jiaa.org/wp-content/uploads/2020/08/20200730_jiaa_sokutei_handbook.pdf
注4:JIAA プライバシーポリシーガイドライン
https://www.jiaa.org/wp-content/uploads/2019/11/JIAA_PPguideline.pdf