地球規模の気候変動による自然災害、コロナ禍のような予測不能なパンデミック。人的要因による事故が起こった時のSNSでの炎上問題。今企業が行うべきリスク・マネジメント(RM)の重要性はこれまでになく大きくクローズアップされています。こと広告・広報の領域においての危機管理はいったいどのようになされるのでしょう。広告主としてその時何を優先し、どう動くべきなのか。どのような準備をしておくべきなのか。いくつかのパターンを想定しながら見ていきたいと思います。
リスクを避けるためにできること
事前に予測できるリスク
リスクの中でも事前に検証し、回避の手段を講ずることのできる種類のものがあります。
例えばクリエイティブ領域では「著作権」「差別・誹謗中傷表現」関連のリスク・マネジメントです。採用したイラストの類似問題、意図したわけではなくても特定の人間を傷つける文章になっていないかなど、制作の当事者だけでは気づきにくいこともないとはいえません。大きな広告会社グループでは、表現を客観的に判断する専門の部署や機関を設けています。
イベントを主催するのであれば来場者の安全を確保するための警備や綿密な実施計画を練ります。一度事故が起こるとイベントを中止せざるを得なくなり、企業としての大きな損失になります。
「宣伝を見て買いに来たのに商品がない」というトラブルもあります。商品キャンペーンなどにおいては、実際の商品販売計画と広告の出稿計画をしっかり照らし合わせましょう。せっかく広告を打ってもお店に商品が並んでいないような事態は避けねばなりません。
これらは一例ですが、広告を打つにあたって事前にチェックしなくてはいけないポイントは多岐にわたります。が、きちんと対応策を取っておけば、リスクはゼロに限りなく近づけることができる項目です。
事前に予測できないリスク
一方、どんなに事前に準備をしても、思いもよらぬ事態で広告計画を根本的に見直さなければならないこともあります。いわゆる天災、不慮の事故、事件が起きる場合です。
これについてはあらかじめ計算することはできないので、発生した時点で状況によってどう対応するかを決めていくしかありません。ただしそれまでにできることがあるのも事実です。今回は特にこちらのリスク・マネジメントについて見ていきたいと思います。
Tips 回避できるリスクはある。ただそれでもアクシデントは起きる
その時関係者はどう動くか
天災、事故
朝起きて眠い目をこすりながらテレビのスイッチをつけると、○○地方で大きな地震があり、多数の死傷者が出ているというニュースが飛び込んできます。大手旅行会社宣伝部長のAさんに緊張が走ります。○○地方の観光誘致キャンペーンは昨日はじまったばかり。時計を見るとまだ朝の5時前。一瞬ためらいはあったものの携帯を手に取りAさんは担当広告会社の営業のB君に連絡を取ります。「B君、朝から悪いが、今日流れるCMをすべてストップしてくれ」
実際にこういったやり取りがなされます。広告会社の担当から逆に広告主に連絡を入れる場合もあります。上記ではAさんは一瞬にしてCM差し止めの判断を下しましたが、実際にはそうはいかないことも多いでしょう。自分だけの判断で莫大な予算をかけたキャンペーンを止めてしまっていいのか、役員に判断を求めなくていいのか。とはいえこのような状況で観光誘致CMを流せば社のイメージの棄損は免れない、一刻を争う状況の中でAさんは決断を下したことになります。
この後B君はどの局で、どのCMを、いつから、AC対応(後述)でよいか、などをAさんに再度確認し、大至急社の媒体担当者に連絡、CM放送中止を要請します。そして媒体担当者は媒体社へ連絡、状況の緊急性と重要性を説きながらどこから差し止めが可能か調整することになります。1対1の連携のみで進行できるわけではなく同時に数か所の担当や上長と連絡を取りながらになるので、いつCMが止められるかは状況次第ということにはなります。ただ重要なのは緊急事態の時、それぞれが誰に連絡すればよいかをきちんと把握している、ということです。
Tips 緊急時は誰かの大きな判断が必要。そしてまず誰に連絡を取るかを把握しておく
不祥事、人的事故
起こしてはならないことではありますが、不祥事や過失事故に対してのリスクにも企業は備えなくてはなりません。出稿停止などの緊急対応は、ほぼ上記と同様の手順で行いますが、天災と違い、なぜ広告を止めなくてはいけないのか、関係者には理解できないことが多いので、その理由をよりつまびらかにする必要があります。放送局は放送事故を恐れるのでそういった対応に極めて慎重だからです。
一方、内容によってはまだ公にできない理由、事案も含まれていることもあるでしょうから、そこは広告会社担当としっかりとコミュニケーションをとりながら状況を連携しましょう。きっと力になってくれるはずです。
そして不祥事などでより重要なのは発覚後の社の姿勢をどう発信、対応するかです。記者会見やお詫び広告など様々な手段がありますが、やり方によっては火に油を注ぐ悪手となりかねないことを理解しましょう。
Tips 会社のイメージ棄損を最低限に抑えるためにはその後の情報発信の仕方が重要
その他の事由による緊急対応
上記のようなネガティブなアクシデントによるものに限らず、例えばキャンペーンを始めたら商品が爆発的に売れてしまい、市場に在庫がなくなるなどしてCMを差し替えざるを得なくなってしまうような場合もあります。消費者・流通からの声や、広告効率に配慮した対応です。これも広告主個別の事由にあたるので丁寧に広告会社担当者に理由を説明する必要があります。
止められた広告はどうなる
素材差し替え、AC対応
テレビCMで緊急に差し止められた素材は、その広告主の他のCMに差し替えるか、AC対応になるのが一般的です。AC対応とは公益社団法人ACジャパンの公共CMを入れるということです。ご覧になったことも多いと思いますが、このような事態に備えて局に素材がストックされています。どの種類を入れるかは放送局に一任されます。
なお新聞媒体など製版印刷を伴う広告についてはその特性上、緊急の対応はより取りづらくなります。広告会社担当に何ができるか至急相談しましょう。
Tips 差し替えなのかAC対応なのかを広告主担当者が指示する
費用について
上記に述べてきたことは、原則広告主側の意志による対応なので仮にAC対応になったとしてもその費用は広告主負担になります。
ただし社会的影響の大きい天災や事故が起こった場合、媒体社側が緊急特番・緊急特集などとして、すべての広告を自主的に放送・掲載中止することがあります。この場合は広告会社が媒体社との間に入り、事後に相談することになります。
また広告主に非があるわけでなく、例えば起用したタレントが不祥事を引き起こしてしまいCM放送ができなくなったような場合、これも広告会社との契約条件の下、事後の交渉となります。
Tips 原則費用は広告主負担。ただしそこに至るまでの経緯によって交渉
総合広告会社の強み
これまで見てきたように、突発的に起きたアクシデントへの対応は一朝一夕のものではできません。その状況に応じた経験値をもったパートナーと協働することこそが、企業のあらゆる意味での損失を最小限に抑えます。総合広告会社の場合、様々なリスク・マネジメント専門部署や、長い歴史の中で形成されてきた各社との対応窓口、そして豊富な人材から全方位的にアドバイスと調整を行える強みを持っています。
Tips 緊急時対応にはレポートラインの確立と頼れるパートナーの確保が必須
まとめ
緊急時における危機管理の成否は、担当各社(者)とどれだけ即時に連絡が取りあえるか、対応の重要性を本質的に理解させることができるかにかかってきます。それには当事者同士が普段から密なコミュニケーションをとっていることと、体制としてのレポートラインを常に頭に描いていることが重要です。いまもし目の前に何かしらの事故が起こり何かの手を打たなくてはならない場合、誰の顔が真っ先に浮かぶでしょうか。頭の中でシミュレーションをしてはいかがでしょうか。