「21 Coffees」では、マーケティング・コミュニケーションビジネスに長年携わってきたToshさんが、マーケティングやブランディングに携わるプロフェッショナルや経営者たちとのつかの間のコーヒータイムを綴りながら、皆さんの少しでもお役に立てるようなヒントMarketingDripを「抽出」します。
Sさん(男性、60代)
-コンサルティングファーム取締役
“天才とは、強烈なる忍耐者をいう”
Sさんは私の2つめの会社のときの同僚で、部署は異なりますが、数えきれないほど企画を練り上げる作業をともにした戦友です。トルストイのこの言葉が示すとおりの徹底した仕事人で、「妥協を許さない」というフレーズがこんなにはまる人もいないかと。担当するプロジェクトの当初の決め事を途中で変更したり、時間が足りないからと解析を中途半端に切り上げるなどといった疑問を呈するようなプロセスを一切受け付けない、一意専心を貫くプロフェッショナルです。頑固、細かすぎる、融通がきかない、やりにくいなど回りからは山ほど勲章をもらってもやり方を曲げることはしませんでした。
私とは同世代で、特に洋楽好きが共通項とわかってからはとても仲良くさせていただいたものです。昨年エディ・ヴァン・ヘイレンが亡くなった際にもメールで何度も無念さを交換し合ったものです。今年になって直接会うことはまだありませんでした。お互い若くないので高リスクを避けるうえでも、オンライン・コーヒータイムを取り付けました。
3年くらい前、Sさんはその直近で大変長く勤められた調査会社からコンサルティング会社にデータサイエンス部門統括というポジションにヘッドハンティングされています。エキスパートたちが揃った現場では、業界の市場ならびにユーザーに関する予測トレンドを構築するために、こちらがありとあらゆる第三者データを集めるとあちらでは各業界専門家や経営者などから直接インサイトを入手し、かたや会社のリサーチャーが独自調査を実施し情報を所有します。とてつもない量のデータの収集とアナリティクスにおいては日本でも有数ということですが、Sさんの真価はそのデータを駆使して企業目標やミッションに導くといういわゆるビジネスインテリジェンスの分野において発揮される知力・知識・経験が評価されています。
行動を起こすのに遅すぎることはない
私が知っているなかでも間違いなく最も頭が良い一人である Sさんが、仕事上で悩みを抱えていたことを一度だけ聞いたことがありました。それは仕事や立場上、彼のプロジェクトへの関与は常に間接的で、どれだけ凄い解析をプレゼンテーションしても、ビッグデータからの行動予測を示唆したところで、それらを採用したり変革に応用したりするところに彼本人が関わることがなかったこと。自分が絞り出した答え、導き出した道は結局どのよう活用され、どのようなアウトプットとなって世に出るのかは、他人の手に委ねられてしまい、自分はその場にいることはない。これまでそんなことは気にすることがなかったSさんは、自分がブラックボックスであることに初めて疑問をもった瞬間だったのでしょう。
但しご本人がそれを強く意識し始めたのはキャリアのなかでもかなり後半のほうだったようです。それまでは、好き勝手とはいかないまでもそれこそ忖度なしに自由に見解を述べることこそが自身の生き方だという確固たる信念がありました。そんな話をある日二人で飲んでいるときに、Sさんは何杯目かのウィスキー片手に私につぶやくように話してくれました。心の深いところにしまっておいたような思いをふとさらけ出してしまったことなんて、次の日には忘れてしまっていたはずですし、そのときは私も大して気にとめていませんでした。
それでも60才手前でSさんが最後の転職を果たし、その件で電話をもらって新しい勤務先や職務の話を聞かされたとき、ふと思いだしたものです。口先で言っていたのではなく、途中であきらめることなくずっとその機会を待っていたのかもしれません。
長いお付き合いのなかでお酒の席の数は忘れたいくらいですが、コーヒーをご一緒したのは過去に2度あったかどうかでした。お互いしっかり朝食をとったあとの時間に合わせてモニター越しにマグカップでエアー乾杯をしました。
お仕事の性質上、リモート主体の状況は格段違和感なく毎日過ごされているとのこと。オンライン故にミーティングが以前よりも簡単にできるので、社内・外含め頻度も自然に増えたそうです。それでもご自宅での時間は邪魔されずに過ごせるので効率が上がり、全体的な時間の使われ方としては歓迎していました。
踏み出して初めて見えてくるものがある
ひとつの分野において徹底的に追及、完璧に網羅し、見渡す限りを征服しまった感もあるSさんなので、もしかしたら仕事の達成感や満足感はもはや超越してしまったのでしょうか。その結果が疲弊なのか飽きなのか、はわかりません。人生後期になって新しい会社に飛び込む決心をした S さんの勇気には敬意を表し、会社はその期待にしっかり応えてくれているものと願うだけです。
会社を変わった時期と前後してご子息が都内に独立されて当初は母親が寂しがっているとお聞きしていました。それが昨年数回、今年になっても一度二泊三日夫婦水入らずの国内旅行をされたり、十分気を付けながらも外食にも時どき行かれているようです。ライフスタイルが変わったと言ってしまえばそうですが、まるで仕事の鬼のようだったSさんが生活感満載で目尻を下げて語るのを目の当たりにして、感無量のものがありました。
Marketing Drip - オポチュニストの覚悟
人刻々と変化し常に選択と行動を促される世の中で、明快な自身のニーズとビジョンを推進力に一歩その先に進むことに何の遠慮も要りません。自己改革に伴い、前向きな危機感と達成ストーリーを含めた戦略策定を怠らないことでゴールが顕在化し、閉塞感から脱するための施策に加速がかかります。そして、後にその分岐点での決断を客観的に振り返ることができるほど成功を収めていれば、なお粋なことでしょう。