「21 Coffees」では、マーケティング・コミュニケーションビジネスに長年携わってきたToshさんが、マーケティングやブランディングに携わるプロフェッショナルや経営者たちとのつかの間のコーヒータイムを綴りながら、皆さんの少しでもお役に立てるようなヒントMarketingDripを「抽出」します。
Zさん(男性、40代)
-制作会社 経営者
“…そんな思い出も時間と共にやがて消える。雨の中の涙のように。”
自身が立ち上げた制作会社が昨年20周年を迎えたZさんとは、もはや仕事の連絡などがなくなった今でも月に一度はメールや電話で連絡を取り合う仲です。コロナ禍で去年から受注件数が激しく減り、文字通り会社始まって以来の危機を迎えたと言うZさん。そういう方がこんなに身近にいらっしゃいました。会社を維持するために金策に走り、トップ自ら営業にまわるなどして、努力を怠ることはありません。
PCの画面越しに顔を合わせると、心なしか自慢の口髭の白髪交じり度合が増えているように見受けました。ドリップコーヒーを淹れながらこちらにゆっくりと大きくお辞儀をします。コロナが小康状態のようだという話から入ると、随分と大変な時期が続いたが少しずつ仕事も先が見え始めていますと頷きました。そして今の心境を表すとすると、と前置きしながら冒頭の有名な某SF映画からの台詞を引用されました。世代を超えてお互いハリウッド映画好きのため、以前は会えば延々とその話ばかりでした。実際、泣きたいくらいしんどいし完全に解決されているわけでもないです、とZさんは虚勢をはることなく続けます。でも、心は少しだけ落ち着いてきています。
Zさん美大から新卒で広告代理店に入社、デザイナー職でクリエイティブに配属され、同時に優れたコピーライティング能力もすぐに開花させました。私個人の意見ですが、これまで見てきた数多くのクリエイターの一部はテンプレートに要点を埋めるようないわゆる制作作業タイプ、もう一方の与えられた課題を思いもよらぬ切り口で表現する感性タイプ、とに分かれると思っています。Zさんは会ったときにすぐに後者だと思わせるものがありました。確かに2年目からはグラフィック・映像含め総合的に現場を仕切り始め、プロデューサーとして大手クライアントの大きなプロジェクトを任されるようにもなり、怒涛の勢いで経験値を積み重ねていったのです。
現状維持と
洋画という嗜好が合い、一緒にした仕事は2,3度きりでしたが、お酒が好きのZさんとはよく一献傾けに行きました。仕事はでき社内外から絶大なる信頼を得て、さぞ不遜な態度をとるかと思いきやその逆で、Zさんの謙虚さが今でも私と交流が続いている理由です。Zさん含め私が出会った数名の印象深い実力の持ち主に共通するのが、尽きることない探求心と向上心です。いい仕事しましたね!と称えられる傍から、果たして今回の仕事は本当に良かったのか、もっとやれることがあったのではないか。そう自問自答しながらグラスを傾けるZさんを、それはカッコいいけど酒は旨くないんじゃない、と何度も(酔いに任せて)たしなめた覚えがあります。
入社5年目を迎える前に、Zさんは同世代の何人かと一緒に自分たちの会社を立ち上げるために退職しました。Zさんを代表に据え、クライアントが何社かつく前提の話だったようで、相変わらずスタートから幸先よくビジネス的に不安ない出帆を果たしました。そのまま業績も順調に推移し、Zさんも現場で多忙な日々に明け暮れていたため、10年周期と呼ばれることもある会社の成長サイクルに唐突に気づかされたのは、まさに10年目くらいだったそうです。
変化のときを見逃さない
Zさんにとって最もショックだったのが、会社の創立メンバーの内3人がほぼ同時に辞めていったことでした。彼らは真の仲間と呼んでいた人たちです。理由は独立や大手企業への転職だったりするも、個人的な感情や条件面などの問題があったわけではなく、ただ新天地を求めるタイミングが重なったものだったそうです。
その前後で若手社員の採用が進みました。面接を介して入社してくる人たちは、Zさんら経営陣の以前の経歴を知るわけなく、普通に雇い主として接します。だから当たり前に権利の主張や、不満があれば遠慮なく発するなど、客観的な社員の立場でしかモノを言いません。そんな若い彼らは社の平均年齢を下げながら、Zさんたちとのギャップが顕著になるきっかけにもなりました。
もうひとつ、設立以来歴史ある顧客のビジネス関係見直しの時期と重なるのがこの頃でした。先方の担当者の変更や提案やサービスの日常化など、新しさを顧客が求め始めるとき、既存担当会社の最悪のシナリオとして終焉を覚悟しなければいけないときがあります。Zさんたちの頑張りの甲斐があり、10社近くを失うリスクがあったなか結果として2社の損失で踏みとどまったそうです。
変事の重なる状況下に、経営戦略見直しを求める声が社内でも上がりました。Zさんが着手したのは、まずは社内リソースの改善で、若手の労力と彼らの新規開拓精神を積極的に活用させたビジネスプランの策定です。売上に結び付く以外に、会社に新しい風が吹き、若手社員に対して責任感や士気への好影響が与えられ、ミドル、アッパー層との溝が大分埋まりました。もうひとつは、遅れがちな分野での外部パートナーとのアライアンス構築。社内では賄いきれない新しい技術やデジタル分野では、あえてスペシャリスト集団との連携によりこれからのビジネス需要に備えるというものでした。
それからおよそ10年、Zさんの会社は成長を続けて90人ほどの所帯になったとたん、昨年から試練の時が再び訪れています。また10年の呪いかと、Zさんは開き直ったそうです。耐えるところは耐え、それを超える新しい手を打てばいいと。次のZさんの挑戦は、会社の30年寿命説とのことです。ここからさらに10年。Zさんは私に向かって、画面越しに強く親指を立てて見せてくれました。
Marketing Drip - 学びを進む力に変える
テクノロジーやビジネスモデルの革新が顕著で、それが個人の生活から企業の存在にまで大きく影響し始めているという現実は否めません。社会が変わる、ビジネス環境も変わるとは、「これまで」をガードするのでなく「これから」に注力をすることが求められます。少し前のTDBの調査によると、聞き取り対象企業のほぼ半数が創業時の本業から変化を余儀なくされ、ただそのおかげで功を奏することができたとあります。組織としての総合力を最大限引き出し、不可欠な外部リソースを投入して企業を強くしようとする経営陣に、誰が文句を言えるでしょうか。