「21 Coffees」では、マーケティング・コミュニケーションビジネスに長年携わってきたToshさんが、マーケティングやブランディングに携わるプロフェッショナルや経営者たちとのつかの間のコーヒータイムを綴りながら、皆さんの少しでもお役に立てるようなヒントMarketingDripを「抽出」します。
Rさん(女性、50代)
-欧州伝統工芸品メーカー 広報PR部長
“速度を上げるばかりが、人生ではない。”
世界に大きな影響を与えたマハトマ・ガンディーの数多ある名言のひとつです。コロナ禍が深刻化する前、国内外含め旅にでかけることはそんなスローライフの人気の実践法でした。ある欧州の政府観光局日本オフィスでマーケティング・広報を20年以上担当されてきたRさんもそのあおりで、昨年暮れにやむ無く転職に動きました。今年になってから一度ご挨拶したきりでしたので、相変わらずオンライン上ですが、お顔を拝見できる機会は幸いでした。ご担当商品と思われるカラフルな衣装の犬の人形を握って、こちらに向けて振る姿は元気そうでした。
年始にお話しした際には、あのときは衝撃的でしたとRさんは釈然とした心持ちを隠せませんでした。22年間従事した仕事からこのような事態で引き離されるとは、もちろん夢にも思っていなかったと。気持ちの切り替えにはたいへんなエネルギーを使われたことと想像します。周知のように、イン・アウトバウンドともに昨年2月から3月にかけてからの海外渡航の落ち込みは凄まじいばかりで、禍害はデスティネーション、輸送機関、宿泊施設そこに介在する業者・代理店含め広く甚大です。(参考:JNTOによると、2020年の推定日本人出国者数は、前年比△84.2%317万。悲願の2000万人を達成した2019年から一転)。
Rさんの新しいお仕事は本社が同じ国ということで紹介され、言葉も文化に造詣の深い点や応用できることも評価してもらい採用されたとのことでした。
自分だけの道をつくる
担当されていたデスティネーションは日本人が行きたい国ランキングではあまり上位にはいなくても、訪れるチャンスが巡ってきた人は本当にラッキー、とRさんはいつも前向きでした。こんな見たこともない場所があるんだという発見の驚きと、その世界との触れ合いがもたらす心のときめき、の二つが同時に味わえるのだから。世界遺産など有名な渡航先に行くのは、周りで沢山の人たちが行っているから自分だってMe, too、の部分も大きいはず、とRさん。それはそれ。こちらはどんな目的地に行きたいか自分自身で考えて探し出す。実は旅はそこから始まっているという楽しさもあるのですよ、と。
Rさんの勤務されていた観光局では、本国から上司となる日本支局長が送り込まれてきます。いずれも3年から5年程度と期限付きの赴任のため、Rさんがいる間に上司のお顔は計6回変わったとのことでした。私のチームが担当させていただいたときいらしたのは、40才手前の男性で、もちろん本国ではお役人です。大柄で髪もクシャクシャ、とても人懐こい素敵な方で、Rさん含め我々は陰でクマさんという愛称をつけていたのを覚えています。日本語はあまりできませんでしたが、日本人スタッフ含め周りの人たちとはいつも和気あいあいとした雰囲気に包まれていました。日本での生活を本当にエンジョイされていたようで、辞令だったの3年の期間を本国にリクエストして1年延長したくらいです。
そんな局長を囲んで送別会をやっていただきましたよね、とRさんが懐かしそうに言いました。しかも屋形船で。本人は初めてで大はしゃぎしていたのを覚えていますか。私は大きく頷きます。我々はもとより、媒体社、制作会社、旅行代理店などからも有志が集い、40以上あった席が埋まりました。天候にも恵まれ、花火も絶景でしたね、私は楽しいひと時を思い出していました。局長もカラオケでノリまくったり、全員とハグしてましたよね。あの時は本当に皆さんに感謝です、Rさんも微笑みながら思い出しているようです。一丸となって仕事をした仲間と最高の想い出をつくって日本を発つことができたと、何度もおっしゃっていました。
できない時にはできることを
トラベル業界のマーケティングが難しくなってきているのは、実は以前から感じていたとRさんは言います。潤沢な予算はありません。いかに効率よく知らない人に「知らしめる」かが主業務だった時代から、社会も市場も消費者も、そして媒体も、すべて予想外に変容しています。海外旅行への馴れ(経験値)、次々と登場する新しいデスティネーション候補、ハリウッド映画さながらのドローン撮影技術、デジタル文化のプッシュもあって消費者のタッチポイントの多様・複雑化。聞いた事はあっても見たことない場所を見る。行ってみないとわからなかった詳細がわかる。
バーチャルツアーで消費者は家にいながら世界のどこまで疑似トラベラーと化します。これまで知られていなかったデスティネーションも沢山の方に知ってもらえる機会に恵まれるようになる。Rさんは自身がその世界を離れてからの業界の努力に敬意を払います。まさに技術の力で発見してもらう、Rさんは自分事のように喜びを隠しません。そうしたら、次は実際に足を運んでもらい、そこでワオ!してもらう。消費者にとっては、色々な意味で期待と心構えができるし、旅自体も一層充実したプランニングができるのではないかしら。それは旅行業界に限ることではなく、今後様々なカテゴリーにおいて、オンライン+オフラインでそれぞれ高い価値観を感じさせることが商品・サービス問わず、マーケティングの鍵となってきます。
ところで肝心の伝統工芸品ビジネスの調子はどうですか、と私が聞くと、Rさんはニンマリ笑い、頑張っていますよ、としっかりした口調で返しました。政府観光局さんのほうとも連携はしているので、以前の空気感が途切れてないのが不思議です、と。世界レベルの災害の一日でも早い収束を願いながら、お互い手を振って画面上でお別れしました。
Marketing Drip - コンテンツのニーズ多様化
海外の話ですが、オムレツを作るロボットの動画があります。とき卵からフライパンで調理して最後にお皿にポンと乗せるまで、一連の流れの作業は見事。採用しているホテルでは人件費削減にもなります。それを食べる人によっては、事足りるあるいは物足りないと別れるかもしれません。それでもこれから技術の革新はその出来を着実に手作りに近づけていくようになり、ユーザーはますますTPOで使い分けし易くなると期待されます。
目の前でエプロンをつけたシェフが調味料や卵のフワフワ度合を自分のさじ加減で用意してお皿に盛りつけてくれるのが、個人的にはまだまだ一番楽しくいただけそうですが。