「21 Coffees」では、マーケティング・コミュニケーションビジネスに長年携わってきたToshさんが、マーケティングやブランディングに携わるプロフェッショナルや経営者たちとのつかの間のコーヒータイムを綴りながら、皆さんの少しでもお役に立てるようなヒントMarketingDripを「抽出」します。
Mさん(女性、50代)
-外資系ヘルスケアブランド宣伝広報室責任者
“庭に花や木を植えることは、明日を信じること”
オードリーヘップバーンのそんな言葉が似合いすぎるMさん。「コーヒーでも?」と連絡を取ったのは、実は年が明けた1月半ばのことでした。最後にお会いしたのが9年前だったことで驚きもありましたが、もっと意外だったのは、まだあと数年先になるはずの会社の定年を待たずに翌々月に退職される予定だとそのとき聞かされたことでした。
Mさんがその会社にヘッドハンティングされて入社されたときまだ40代前半だったので、10年以上ブランドの広報責任者として従事され、国内のみならず海外の本社でも仕事ぶりがしっかり認められ、実績を積んで来られたと聞いていました。(僭越ながら)何歳になっても可愛らしい顔立ちとは裏腹に、歯に衣着せぬ喋りが「男前ぶり」を醸し出す様子がなんともナイスな方と記憶していました。
Mさんは私が最初に就職した会社の部署のグループアシスタントでした。また随分と元気な子が入ってきてくれたなあと誰もが感心するような明るい方だったことが思いだされます。性格が幸いしてあっという間に同世代の仲間ができ、同時に上司や年配の社員からも可愛がられる存在になりました。かく言う私も、「美味しいものを奢ってくれる先輩たち」の一人として称号をいただいたものです。
私はその後1年くらいして転職しまったためMさんとは疎遠になりましたが、その間彼女はアシスタントという立場のまま数年仕事をされ、社内を賑わせつつ、職場恋愛から結婚に至る流れに乗りめでたく寿退社を果たしました。
私がMさんと再会したのはそれから5年以上たってからでした。私はまた別な会社に転職しておりました。Mさんは今度は正社員として新たなる職場に復帰、旦那さんと共働き生活をスタートしていて、仕事がらみでの遭遇でした。お客様へご挨拶に伺った際に、新メンバーをご紹介しますと言われて現れたのがMさんです。名刺を交換しながら、遅ればせながらプライベート含め祝福させてもらいました。彼女はアシスタント時代の経験を活かしつつ、新たにマーケティングのプロとしてキャリアの第二ステージを踏みだしていました。もちろん口で言うほど簡単なことではなかったようです。家庭にこもるのか再び働く道を選ぶのかで、迷いと議論がご家庭内で随分と大変だったようでした。ブランクのあとの再就職ひとつさえ簡単ではなかったことと察しました。努力と持ち前のひたむきさをいかんなく発揮し、相変わらずの周りを巻き込む才能を駆使することで必死に困難を乗り越えていくさまが容易に想像できました。
自分で選ぶ人生が幸せな人生
それを機に、Mさんとは昔の仲間を呼び集める会に声をかけてもらえるようになり、年に1回かで会うことがありましたが、私はその都度転職を繰り返していた有様で、外資系の宿命だからと皆に苦笑いで報告していました。Mさんに最後に会ったのは、彼女が今の会社に入って少したってから何人かでお祝いを兼ねた会でした。羨ましい限りの転職を成功させたMさんには祝福の歓びと、同時にすっかり落ち着いた雰囲気と身のこなしぶりにほんのり寂しさも感じさせるくらいで、大したやつになったなと感心したのを覚えています。ただその後、彼女も含め皆多忙にかまけてではないですが、予定されていた会が一度キャンセルされたことをきっかけに、再セッティングの機会がなかなか難しくなり、やがて自然消滅してしまいました。さて、それから9年後のコーヒータイム。ご勤務先の近くということで、麹町のカフェで待ち合わせです。Mさんは紅茶、私はカフェオーレ。電話では話をしましたが、じつに久々のフェイストゥーフェイスです。すっかり白髪イメージの私に対して、まだまだエネルギーのオーラに包まれた彼女は、バリバリやってる感全開でした。仕事の話もそこそこに、聞けば数年前にシングルに戻られたとさらっとご報告もありました。それについては時間もたっていることもあり、あっけらかんとしていました。コロナで出勤パターンも一変し、ちょっと前から実妹さんと生活されるようになったとのこと。それを機に週末のオーガニックの野菜つくりに目覚め、身を捧げるくらいはまってしまい、もうたまらないと興奮気味に話が盛り上がっていました。
毎年ある時期には数週間かけて欧州や世界各地に出張で駆け巡ったり、知恵を絞って企画をつくり、スケジュールをたて、外部パートナーと一緒になってイベントや広報活動を成功に導いたりなど、誰もが羨むようなキャリア環境もまた、自身の人生に新しいプライオリティと楽しみをみつけたら、何の未練もなくなったとのです。割り切り方も男前、流石と思いました。このご時世なのであえて会食は避けましたが、素敵なコーヒーブレイクになりました。美味しいご馳走は次回そう遠くないいつかの楽しみに、と再会の約束をし、お互いの健康を祈りつつ笑顔で店を出ました。
旅の価値はその過程にある
日本では終身雇用が崩壊し始めていると言われるなか、令和二年発表の転職者350万人強という数字は欧米と比べればまだ断然低いレベルです。それでも第二新卒・中途採用に注力する企業が顕著に増え、片や労働条件や人間関係を理由に意外と簡単に仕事を辞めてしまうという動向も注目されています。なかには情報通信業のように積極的に転職が生じる業界も顕著です。
転職には、会社を変えて同じ仕事を続けるスタイルと、職種から一新するスタイルがあります。
前者は、好きなあるいは得意な仕事を会社を変わっても継続することでその専門性を高めキャリア形成につながる。それに対し後者は、意思のあるなし問わず人生のなかの様々な選択肢にチャレンジすることで自分の可能性を試行錯誤する。いずれも結果に保証もありませんし、正解もありません。
世界規模で生活が脅かされる今日、日本の今後はさらに加速する高齢化社会と人口減少やデジタル改革促進に加え、男女共同参画、職業としてのユーチューバーなど、日々変わり続ける社会の情勢も念頭に、働き方を考えるのも一筋縄ではいかなくなってきています。
前者代表の私とは対照的だった後者のMさん。彼女の生き方を導いたのは自らの見事なまでの芯の強さでしょう。
Marketing Drip - 固執しない勇気
人は良い思いをしている時間を最大限に引っ張りたいという心理が自然に働いてしまうもので、米大統領選挙で前任者の潔さの欠落が注目されたのがまだ記憶に新しい。ひとつの成功を得た瞬間からそれは永遠に続くことはないのだと受け入れることで、すぐ「次」を視野に歩みだす判断が往々にして成功している企業や製品の刷新の誘因になる。さらに、その転換度合が大きいほど、それは勇気とも賞賛される。