※書籍「『デジ単』デジタルマーケティングの単語帳 イメージでつかむ重要ワード365」(発行:翔泳社)の重版出来を記念してのインタビュー企画。『デジ単』を新入社員全員に配布した電通デジタルの事業戦略室・安田祐太さんに、コロナ禍における新入社員研修の困難と、見えてきたものを聞きました。
2月の時点で予定コンテンツを全てフルリモートに切り替え
―コロナ禍の2020年、出社制限の中、企業がどのように新入社員研修に取り組んだのか。今回は電通デジタルから、事業戦略室の安田さんに事例を聞きます。安田さんは人事畑が長いのでしょうか?
安田:いえ、入社からしばらくはデジタル広告のコンサルタントをしていました。2018年に広告事業直轄に異動してからは、新人の育成や、主に研修周りを中心に担う立場になりました。2019年に正式に人事部に異動し、全社の新人と中途入社者の受け入れに加え、一部管理職や一般社員向けの研修も担当しています。2021年から事業戦略室に異動しておりますが、機能が異動しただけで、役割は引き続き変わりません。
―2020年は、前年までとは全く異なる状況になりました。春先の状況を見て、新入社員研修にどう対応しようと思ったのでしょうか?
安田:在宅勤務が始まった2月末の段階で、「4月にコロナが収束していることはないだろう」と想定しました。そこで、社内で早々に「フルリモート」の提言をし、リアルでの集合を前提に予定していたコンテンツも、全てリモートに切り替えました。
―時間がない中、フルリモートへの対応は準備が大変だったかと思います。どのようなご苦労がありましたか?
安田:研修の立案をしていたメンバーがやはり一番大変でしたね。コンテンツの再考や研修提供会社への発注修正、リモート研修への切り替えが不可能な場合のキャンセル交渉など、あらゆる業務が付帯的に発生しました。
また、「そもそも入社式自体をどうするか?」「在宅勤務をさせるとして、PCやスマートフォンの貸与をどうするか?」という点も、議論を尽くしました。経営幹部含め、入社式をやらない・新入社員を集合させないという前例、経験がないので、まず集合することをどう考えるか、集合した場合のリスクをどう考えるか。
リアルでの集合は選択肢からすぐに消しましたので、PC、スマートフォンの貸与をどうするか。これらは当社のコーポレート部門全体で非常に協力的かつスピーディーに手配をしてくれたので、配布が数日遅れる程度で特に問題は発生しませんでした。
―フルリモートでの研修にはどのような困難がありましたか?
安田:「集まらずにやるしかない」と早い段階で決めたので、リモートの状況で提供可能なものは実施することができました。ただ100点だったかというと、やっぱりリモートだから伝わりきらなかったことや、フォローが足りなかった部分はあったと思います。
例えば配属先は、個々人の要望や興味関心を把握し、現場や会社の方針と合わせて決定するのですが、当社は業務領域も広く、基本的に総合職での採用ということもあり、希望に完全には沿えない場合もあります。そんなとき、リアルに接することができれば個別フォローが可能ですが、リモートだと個々の温度感を把握することが難しい。
もちろんリモートでも、納得いかない部分があれば都度話を聞かせてもらったりはしました。とはいえリアルに比べれば、十分にできたのかというと、反省すべき点も多々残ります。
新入社員の心をフォローせよ!電通デジタルの施策「朝会」とは何か?
―研修期間中、安田さんが一番大事にしていたことは何でしたか?
安田:せっかく社会人になったのに、あなたのオフィスは自宅の目の前の机です、となってしまったので、孤独感だったり、他の人が何をやっているかだったり、きちんと知識がインプットできるかだったり、不安や心配はどうしても大きくなりますよね。
ですから、新入社員たちが何を考え、何を感じているのかということは、できる限り吸い上げ、把握しようと常に心がけ続けていました。
―具体的にはどんな取り組みでしょうか?
安田:一例として、「朝会」を実施しました。新入社員109人を20グループほどに班分けして、各班に1人ずつ人事担当を付けました。そして毎朝、班のメンバーの状況を話し合う場を設定したのです。私自身も担当の班を持ちました。
朝会の運営は、各班とそれぞれの人事担当者に任せていましたが、通底する部分としては、お互いの体調面のフォローと、班ごとに良きコミュニティーを構築すること。特に相互理解を高めてもらうようにしました。
また、朝会以外の取り組みとしては、知識面の「目標」を今までよりも明確にしました。結果、デジタルマーケティングの基礎の基礎であるウェブ解析士の試験については、全員が合格することができました。ちなみに『デジ単』も全員に配っていたので、役立っていたと思います。あそこまでかみ砕いて、初心者でも分かるようにイラストや解説のある本は今までなかったので。
―朝会では、班メンバーの相互理解が重視されていたとのことですが、具体的にはどんなことをされていましたか。
安田:例えば私が担当した“安田班”では、朝会で「みんなおはよう」という会話から始まります。その後、さまざまなテーマを設定したディスカッションや、持ち回りでの自己紹介などを実施しました。
ちょっと変わった取り組みとしては、「偏愛マップ」といって、自分の趣味嗜好を可視化していくものをつくりました。偏愛マップを作成していくと、自身の“すべらない話”なども見えてきます。他の朝会メンバーに「これってどういうこと?」と指摘を受けることで、今まで気付けなかった視点を自分に対して持つことができるようになったり。
結果として、「この子、ここについては強いこだわりがあるんだな」「この人はこういう理由でデジタルマーケティングの世界にいるんだ」など、お互いの理解が深いところまで進んだと思います。
朝会で毎日お互いの理解を深めたことは、以後のコミュニケーションにおいても、各個人の“心理的安全性”を高めることにつながったのではないでしょうか。
安田氏の「偏愛マップ」。その人の趣味嗜好や仕事への思いを可視化したもので、班メンバー同士のコミュニケーション活性化に一役買った。
―オンラインでの議論やコミュニケーションを活性化するために、どういった工夫をしましたか?
安田:もともと私たちの部署では「組織開発」も一部担っていましたので、議論活性化のノウハウには蓄積があります。
ですので、私を含めた人事担当者が、普段の研修でのアイスブレイクからコミュニケーションを開始したり、チームビルディングのワークショップを用いて関係値を構築したりしていました。お互いを知るという観点でいうと、自己紹介における興味関心の深掘りなどですね。あえて「全員質問すること」を必須化したりしました。
―朝会はどのような効果があったと認識していますか?
安田:研修後に新入社員と話すと、だいたい「朝会の班は配属部署とは関係がないメンバーだから、悩みや愚痴を言い合える」という声が多いです。改めて、組織のスタートとしてまず初めににこのような関係性・コミュニティーを構築する重要性を感じました。
―配属後の出社についてはどのような取り決めをしましたか?
安田:配属先の部署に任せています。出社の必要性は、業務の特性を考えながら判断されており、時期にもよりますが、電通デジタル全体としての出社率は20%以下を保っています。
―電通デジタルでは、もともと新人教育のためにメンター、サブメンターという仕組みがありました。「朝会」と、メンター制度はどう関係するものでしょうか?
安田:当社のメンター、サブメンターとは、上司部下のような直接の上下関係ではなく、斜め上の“お兄ちゃん・お姉ちゃん”的な存在です。リアルに会ってさまざまな会話を通して、電通デジタルの持つ文化への理解を深め、社内のネットワークを構築することなどを目的とした制度です。毎年、新入社員を複数の班に分け、メンターとサブメンターに班のマネジメントを依頼しているのですが、コロナ下では少し変更が必要でした。
メンター、サブメンターは4月から各班に付ける予定でしたが、それをいったん延期し、しばらくは上記の「朝会」で、人事局のメンバーがメンター的な役割を担当しました。つまり、班自体は毎年と同じように構築しましたが、その管理を4~5月は人事局が担い、6月以降はメンター、サブメンターにバトンパスしたのです。
2020年入社の新入社員は5月の半ばで「領域配属」を行い、それ以降は配属領域での研修がメインになるのですが、班というコミュニティーと、メンター、サブメンターの制度はその後も継続しました。
配属される部署とは別に、社内の同期や他の年代と気軽に話ができる関係があることは、コロナ禍以前から非常に重要だと、社全体として認識しています。
―コロナ後でも活用できそうなノウハウも得られましたか?
安田:リモートでのコミュニケーションノウハウは蓄積されました。今回は、研修情報を外部からも多く仕入れたのですが、対面とは異なるオンラインならではのアイスブレイクや、できる限り“顔出し”すること、“うなずき”に代表される相手の話へのリアクションなど、具体例を挙げれば切りがありません。これら一つ一つをしっかり積み重ねていくことが、オンラインコミュニケーションにおいては特に必要になると思っています。
残った二つの課題と、リモート×リアルの「ハイブリッド研修」
―コロナ下の研修を初めて体験して、残り続けた課題はありましたか?
安田: 2点あります。1点目は、家で仕事し続ける中、「社会人になった意識」は本当に持てるものなのか?という点です。出社をしていないですし、出社しても毎日名刺交換があるわけでもなく、いろんなメンバーとのリアルな会議があるわけではない。そんな状況で、ビジネス上の実交渉におけるスキルや、もっと初歩的なところでいくとマナーの習得などは、シンプルですが非常に難しい課題として残っています。
もう1点の課題は、どうすれば“仕事のスケール感”を感じてもらえるか、ということです。在宅勤務では、仕事は身近な少人数で完結するケースがほとんどで、しかもいつも同じメンバーが多いです。結果、自分の仕事の範囲をすごく限定的に捉えてしまうケースがどうしても多くなってしまう。
コロナ禍以前なら、例えばデスクの周りで視座の高い話をしている先輩がいたりしますよね。隣の先輩が電話で「役員に提案させてくれませんか」「社長とのこの前の話ですけど」と言っているだけでも、自分たちの仕事の広がりを感じることができたわけです。
でも、今は依頼があった範囲内の仕事を、日々パソコンに向かってこなしていくスタイルです。実際に人と人が会えない中で、「新入社員の視野」をいかに広げていくかも大きな課題です。
―その課題に気づいたタイミングを教えてください。また、具体的な対応策はありましたか?
安田:新入社員と話す中で「管理画面に向き合うだけで充実していないです」といった相談を受けることがありました。
その際に「でも、Aさんは同じ環境でもこのような仕事しているよ」と幅広い仕事をしている人たちの話を挙げたところ、「そのような発想で取り組めていなかったです」という回答が返ってきました。そこで改めて「これは解決すべき課題だな」と実感しました。
ただ、打ち手はなかなか難しいです。もちろん研修期間中には、いろんな部署の先輩たちとの時間を設け、「電通デジタルは業務領域も広く、さまざまな業務がある」という情報自体はできる限り提供しましたが、まだ配属前なので、なかなか「自分ゴト化」できないですよね。配属後しばらくたって、自分の業務が分かってきたタイミングで、また改めて「電通デジタルでの業務領域の広さ」のインプットの機会を提供する必要があるかもしれません。
―社員同士の情報共有については、電通デジタルではデジタル広告情報共有会「Knowledge4」、自社のオンライン教育用の動画プラットフォーム「DD ACADEMY」の構築など、かなり積極的な印象があります。それでも上記課題は大きく残るものなのですね。
安田:はい、もちろんそれらの情報共有はプラスに働いています。中でもDD ACADEMYは「いつでも見られる動画」としてアーカイブ化されているので、コロナ禍においてよく使用されました。視聴数がかなり伸長しており、コンテンツも増えています。
ただ、新入社員がDD ACADEMYなどを通してさまざまな仕事の話を聞いたとしても、「画面の向こう側の人」が話している形ですよね。極端にいうと、「ああ、すごいことをやっている人がいるのだな」と、ユーチューバーを見ている感覚なのではないかなと。それを自分ゴト化する、身近に感じるのは、人の性質として難しいと思います。
―なるほど。そんな中、新入社員が感じている課題や困難にはどんなものが多いのでしょうか?
安田:「自分の発信に対する相手のリアクションを想像しづらい」という課題が、新入社員の中にあると感じています。実際に出社していた私たちが仕事の中で何かを発信する際、たとえリモートであっても、対面したときのリアルな相手方のリアクションを想像すると思うのですが、新入社員たちは実際に会えないままリモートだけで話が進んでいるので、相手のリアルなリアクションをなかなか経験できません。
現状、新入社員は多くの情報インプットに時間を割く状況ですが、インプットしたことを発信することで得られるはずの「自信」は、いろんな方々のリアクションが分からない分、持ちづらいのではないでしょうか。
また、話すメンバーが限定的になり、普段コミュニケーションする相手はマネージャーとトレーナーばかりという状況ですが、たまたまその人たちと馬が合わなければ、会社全体とうまくいかないのと同義になってしまいます。本来であれば、出社してフロアにいる300〜400人を見たら、「300人中の2人と合わないだけだ」と思えるかもしれません。でも、いつも同じ人たちとだけコミュニケーションをとっているとそうは思えないでしょうから。
―そこは非常に難しい課題ですね。電通デジタルと同じ課題を抱えている企業は多いと思いますが、どう対策すればいいのでしょう?
安田:ひとつはメンター、サブメンターや人事部など、「直接業務と関係ないコミュニティー」を大切にすることだと思います。業務とは別の社内コミュニティーで、思っていることでも悩み事でもいいので、話しやすい相手ができるだけ常にいるような関係構築の仕組みが重要です。今年度はさらに注力していこうと考えています。
他にも、キャリアを広げていけるような上長からのサポートや、キャリアカウンセラーの新設などは、今後会社としても考えていく必要があると思います。
―2020年の学びを生かして、2021年はどのような取り組みを考えていますか?
安田:オンラインでやった方がいいもの、リアルでやった方がいいものが、この1年でかなり分かるようになってきました。そこで、2021年の課題はいかに「ハイブリッド研修」を充実させるかだと思います。リモートとリアルの組み合わせですね。
より深い関係性構築の仕組みに加え、リアルで、五感で感じてもらう必要があるものを、いかに効果的に提供できるか。実際に現場で働いている電通デジタルの先輩たちのスタンス・文化・雰囲気を想像できるきっかけを提供できればと思っています。
ただ、どこまでいってもベースがリモートであること自体は2021年も変わらないでしょう。社員自体がフロアにいない環境の中で、どのようにリアルに会社の文化・雰囲気を感じてもらうか。これは新入社員に限らず、中途入社者の受け入れや既存社員への研修提供においても同じ課題ですが、これから4月までしっかり考えていきたいなと思います。
【本書のポイント】
・デジタルマーケティングの頻出単語をシンプルに解説
・イラストを見るだけでもイメージがつかめる
・似た単語の意味の違いや、使い分け方もフォロー
・索引つきで単語や同義語を探しやすい
・英語表記もあるので、海外サイトを読むときや出張にも便利