“結果”を重視する異色の広告賞、エフィー(Effie)賞からマーケティングをひもとく本連載。今回は、言葉を味わう体験型絵本『たべることば』(フレーベル館)でAPACエフィー賞を受賞した、電通のコミュニケーションプランナー加藤倫子氏と、アートディレクター今井祐介氏が、企画に込めた思いやその過程から、新しいマーケティングの可能性を導き出します。
APACエフィー賞「ポジティブ チェンジ ソーシャル グッド―ブランド部門」でブロンズを受賞した『たべることば』(フレーベル館)
この対談はオンラインで実施しました。
教育のあり方に一石を投じる、体験型絵本『たべることば』
加藤:まずは『たべることば』の概要を説明させてください。『たべることば』は、言葉の意味を味わう体験型の絵本です。ページをめくると「すき」「きらい」「バカ」など、人とのコミュニケーションで登場する七つの“食べられることば”が封入されており、その言葉を言われた人がどんな気持ちになるか?を五感で感じることができます。
それぞれの味は、例えば「すき」ならほんのり甘い味、「きらい」なら苦味がいつまでも舌に残るちょっとイヤな味など、専門家の監修の下で考案しています。「“すき”は甘くておいしいね。うれしい気持ちになる」「“きらい”は苦くて、ずっと嫌な気持ちが続いちゃうね…」。暴力的な言葉によるいじめ問題が絶えない中で、言葉を味わい体感し、理解を深めてほしいと開発しました。絵本の枠から一歩外に出た、アクティブラーニング絵本です。
今井: 子どもは言葉や理屈じゃなくて、もっと感覚で理解しますよね。そういう意味で、「言葉を食べる」というアプローチが効果的だと思ったんです。
小さな子どもって、「きらい」「バカ」などの強めの単語を知ると、割とすぐ使いたくなっちゃうんですよね。ただ相手がどう感じるかまで想像できないことが多く、もう少し大きくなるとそんな言葉たちをスマホで顔も見ずに送れてしまう。それが昨今のLINEいじめやTwitterでの攻撃にもつながっている気がしています。
簡単に強い言葉を放つことができる現代だからこそ、もっともっと手前の段階で、言葉のリテラシーを高めなければ。そう思い、小さな子どもでも直感的に理解できるよう「絵本+味」で言葉を理解できる構成にしました。
加藤:作るのは予想以上に大変で。言葉の味をこちらの主観で断定しないように、言語学者・教育学者・パティシエなど、さまざまな専門家に入ってもらってアドバイスを仰ぎました。また、言葉の感じ方や捉え方はあくまで人それぞれ、実際の喫食イベントや体験会では食べてもらった後、自分だったらどんな見た目や味にする?といった、自由に発想する時間を設ける体験プログラムをセットにしています。
今井:物理的に大変なこともたくさんありましたよね。本の厚さとお菓子のサイズの調整をギリギリまで検証しましたし、お菓子自体の見た目や種類にもこだわりました。試食会も何度も行って、味や強度にもこだわっています。それぞれの言葉とセットになるイラストも、子どもがその言葉をちゃんと理解できるサポートツールになるか?など、真剣に考えながら進めました。いろんなプロの知恵と工夫が詰まっています。
プロセスそのものがイノベーティブ。共創の本質とは?
加藤:『たべることば』は、フレーベル館のイノベーションプロジェクトという位置付けでスタートした仕事です。アイデアの力で出版社に新しい風を吹かせたいというクライアントの思いの下、私はこのプロジェクトに2018年から携わっています。
プロジェクトの過程そのものが非常にユニーク。毎年1人、クライアント内で選考されたメンバーと電通チームが完全に1チームになり、一緒に企画します。そして、フレーベル館の社長に一緒にプレゼンをし、決まった案が『たべることば』でした。
クライアントの担当者の方は、実制作フェーズでもクリエイティブディレクター(CD)という立場でプロジェクトを動かしてもらいます。私もこの仕事でCDをしていますが、二人三脚のダブルCD体制です。
今井:一般的なクライアントと広告会社という関係値ではないですよね。社内メンバーのような形でお互い接していました。同じチームとして、きちんと役割分担をしたところもよかったのだと思います。
加藤:実際、『たべることば』は調理学校や大学教授・小学校などに協力いただいているのですが、フレーベル館の頑張りなしでは成立しなかったと思います。関係者へのご連絡や説明も、フレーベル館のCDが主に担当していますし、体験プログラムも一緒に考えました。
今井:クライアントのCDの方は、本当に貴重な経験をしたとおっしゃっていました。あと、クライアント社内の通常業務からすると異質な仕事なので、周囲への影響力も大きい、と。
加藤:私も今井も、前年は「0点ミュージアム」という企画をプロデュースしたのですが、その時も社内で注目されたとおっしゃっていましたね。実際に主担当する人数は1年に1人と少ない人数ですが、実現に当たっては社内のいろんな部署の協力を仰ぐことになりますし、扱うテーマもチャレンジングなので、直接携わった人以外にも刺激になるようです。(実は、0点ミュージアムも今後の可能性を探っています)
「0点ミュージアム」(フレーベル館)
加藤:今って、課題解決の手段がさまざまで、かつハードルの高いことをやらないと成果が出づらいので、クライアントの意志と協業がますます重要な時代だと日頃から感じているのですが、その点に、『たべることば』は理想的な関係でした。
最初から最後まで一緒に走り抜く、そこをハブに、周りの人にも良い影響が伝播する、それが共創の本質であり、これからのマーケティングで非常に重要な点。このプロジェクトにはそのエッセンスがギュッと詰まっていると感じています。もちろんアウトプットにも自信がありますが、プロセスそのものにナレッジがあると思いますね。
「教育・出版としての進化」が、賞の評価につながった
加藤:『たべることば』は、2020年、APACエフィー賞「ポジティブ チェンジ ソーシャル グッド―ブランド部門」でブロンズを受賞しました。連載の1回目でもお話しした通り、エフィー賞は、アイデアや話題性よりも“結果”が重視されるアワードです。結果というと、売り上げやユーザー数など分かりやすい数値をイメージされる方が多いと思うのですが、『たべることば』は社会課題にアプローチしたブランディング施策で、大きな数字という形での結果は実はないんです。
そのアワードで受賞できたのは、「教育・出版イノベーション」が、結果として評価されたのかなと推測しています。出版業界の未来は世界的な関心事のひとつ。出版社の社会的な存在意義×体験を軸にしたマーケティング活動として評価いただけたのではないか、と。
実は、応募シートの結果記入の欄に、「言葉の暴力の解決という壮大なテーマなので、今日明日、結果が出るようなものではありません」と正直に書いたんですよ。それでアワードを獲得できたのは、部門の問題かもしれないですが、ちょっと意外でもありました。
今井:確かに、「教育・出版イノベーション」という点では新しさがあったように思います。
発表時にメディア取材された際にも、「新しいアクティブラーニングの形」という言葉が結構出ていましたよね。また『たべることば』によって、フレーベル館が言語教育のリーティングカンパニーだと周知できたことも評価されたのではないでしょうか。
リーディングカンパニーが、日本の教育で見落とされていた部分に光を当てて、柔軟な発想で解決策を提示している。この点での評価かなと。以前、コクヨで「なまえのないえのぐ」という商品を考案したことがあるんですが、教育や出版では、まだまだやれることがたくさんある気がします。
「なまえのないえのぐ」(コクヨ)
加藤:そうですね。教育ってそもそも正解がなくて、はやりすたりで扱っていいテーマでもないので、安直にアップデートしにくい。だからこそ、小さな取り組みでいいからスタートして、まず一度形をつくる。そして反応を見る。そういうマーケティング活動が向いていると感じます。
そして、それは教育や出版に限定したことではないですよね。今の時代は膨大な広告費がなくても、意義のあるものは話題にもなるし、発信することでニーズも見える。なら、小さくても石を投げてみることに価値があるし、そういうチャレンジがやりやすい環境がそろっている。スモールサイズからでいいから、スピーディーに決断して舵を切るのが、これからのあり方じゃないでしょうか。
今井:どんどん実行すべきだと思います。クライアントとの本当の意味での共創や、マーケティングとクリエイティブの融合など、新たな枠組みを構築した上で。ただし乱発しても意味がない。この会社は何をする会社なのか、何を目指しているのか、そういった本質、筋のようなものを中心に据えて実行を積み重ねる必要はありますね。
ところで、「マーケティング」という言葉って、『たべることば』的にはどんな味がするんでしょうか…?何色にでもなるし、食べる人によって味が変わるという意味で、無味無臭かな?加藤さん、どうですか?
加藤:え!なんなのそのいきなりの無茶振り…(笑)。う~ん、私は、甘くて、フルーティーですっぱくて、まあ、とにかくめちゃくちゃおいしいんじゃないかなあ。だって、マーケティングって、さまざまな活動のリーダーみたいなもんだからね。無味無臭って聞くと、なんか味気なくてイヤだ。彩り豊かで人を引き付ける味であってほしい。『たべることば』で言うところの、虹色の「ありがとう」のように。私自身も常にさまざまな事象に目を向けながら、勇気をもって、新しい時代のマーケティングにチャレンジたいと思っています。
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