ダイバーシティ&インクルージョン対応を専門とする電通ダイバーシティラボ(以下DDL)は、アンコンシャス・バイアスとのより良い向き合い方を広めるため、体験型企業研修プログラム「アンバス・ダイアログ」を開発しました。
電通入社1年目でDDLメンバーとなった海東彩加氏が、実際の研修に参加した感想も交えながら、アンコンシャス・バイアスに対するプラスの考え方や、アンバス・ダイアログ開発の道のりについて語り合いました。
ロールプレイで浮き彫りになる、自分も持っていた“思い込み”
海東:藤田さん、本日はよろしくお願いいたします。私は2019年に新卒で入社して、チームに加わった時点ではすでにDDLのアンコンシャス・バイアスに対する考え方、向き合い方はある程度出来上がってきていました(前回記事参照)。
ただ、その「発信方法」を悩んでいたんですね。そんなとき、
「音楽座ミュージカルというミュージカルカンパニーが、シアターラーニングという舞台演出メソッドを用いた独自の研修を行っているらしい」
という話が飛び込んできたんです。
ミュージカル×研修とは、シアターラーニングとは、一体どういうものなのか…それですぐに、私のトレーナーが連絡を取りました。ミュージカルカンパニーが「研修」を提供しているのは、珍しいケースですよね?
藤田:「研修をやろう」といって始めたわけではないんです。成り立ちから話すと、音楽座ミュージカルは1987年から活動している、オリジナルミュージカルだけを創作・上演しているカンパニーです。
メンバーの主体性を大切にした作品づくりが特徴で、音楽座ミュージカル独自の創作システム「ワームホールプロジェクト」(※)で創作されていきます。誰かが決めた脚本や演出ではなく、関わる全員が話し合い、何度もトライ&エラーを繰り返すことで作品が出来上がるんです。
※ワームホールプロジェクト
音楽座ミュージカルでは作品創造のプロセスで、プロデューサー、俳優、スタッフ、プランナーなど作品にかかわる全員が当事者となり、立場を超えて意見を掛け合わせていく。この独自の創作演出システムは、音楽座ミュージカルの創立者である相川レイ子によりつくられ、「ワームホールプロジェクト」と命名された。
ですから、俳優にも臆せずアイデアを出したり、積極的にコミュニケーションをとったり、“殻を破って自分を表現する”ことが求められます。それは決して簡単なことではなくて、グループワークで信頼関係を築いたり、息を合わせてロールプレイをしたり、いろんな工程が必要です。試行錯誤を繰り返すうちに、徐々に方法が確立されました。
そのうち、この表現手法を「新しいものを生み出すコミュニケーションのメソッド」として、俳優以外の人にも体感してもらったら面白いのではないかと考え、ミュージカルのお客さまを対象にワークショップを開催したんです。それが大変好評で、そこから企業や組織向けの研修プログラム「シアターラーニング」の開発に発展していきました。
研修は、オーダーメイドでさまざまな課題解決を目指します。例えば「リーダーシップを身につけてほしい」「チームワークを高めたい」などの課題に対し、「学校」や「会社」など風景や日常のワンシーンをピックアップして、ロールプレイに活用したりします。
海東:それで、私たちも打ち合わせの時間を頂いて、話を聞きに行ったんですよね。
藤田:アンコンシャス・バイアスの話をする前に、1時間半くらいかけて、一方的に音楽座ミュージカルの活動についてバーッとお話をさせていただきました(笑)。そのときに、音楽座ミュージカルの作品が持つテーマ性と、DDLのアンコンシャス・バイアスへの考え方に、共通するものがあると分かったんです。
海東:あの時に藤田さんにお話しいただいたサン=テグジュペリ『星の王子さま』の一節が、すごく印象に残っています。その
たいせつなことは、目に見えない
という言葉を、音楽座ミュージカルがとても大事にされているというお話で。アンコンシャス・バイアスが原因で起こる問題も、本当の思いが目に見えないから、すれ違いが生じてしまう。重なる部分が多いように感じて、ぜひ一緒につくっていきたいと強く思いました。
音楽座ミュージカルとの打ち合わせは毎回とても楽しみで、私自身1年目として働く中での実体験と重ね合わせながら、新しい発見や気付きを得ながら制作できました。
藤田:『星の王子さま』の、“本当に大事なものって、目には見えないところに存在しているんじゃないか?”というテーマは、音楽座ミュージカルの中に常に存在しています。そこでお互いの話がすとんと腹落ちしたのかなと。
体験を「持ち帰る」。研修後の生活や人生を見据えたプログラム
海東:そこから一緒に研修の開発を始めたんですね。研修開発に当たってDDLが懸念していたのは、座学ベースで「こういうものです」と説明したとして、その場で「理解した」と思ってもらえても、その後の生活に残らないことでした。
アンコンシャス・バイアスは、あくまでも「他人との関わりやコミュニケーション」の中で発覚することなので、双方向のコミュニケーションがないと実感できないんじゃないかと。
そこで、「アンコンシャス・バイアスを実体験できる研修」にすれば、その後の生活や人生に何かが残っていくのではないか。ということで、シアターラーニングで使われている「ロールプレイ」の要素を取り入れることになりました。
藤田:そこに至るまでには、お互いディスカッションを重ねて、いろんな案が出たんですよね。その中で一番マッチしたのが、参加者が「与えられた役」を演じるロールプレイの手法でした。
海東:まず音楽座ミュージカルのプロの俳優たちが、あるシチュエーションを実際に演じてくれて、それを参考に研修参加者が与えられた役を演じてみる、というプログラムですね。このロールプレイが「アンバス・ダイアログ」の大きな鍵となりました。
さまざまな立場にある「自分以外の人」をアドリブで演じることで、その人が何を考え、何を思って発言や行動しているのか、瞬発的に考えなければいけない。座学よりもリアルな感覚を心に残せる研修になったと思います。
リモート版「アンバス・ダイアログ」。音楽座ミュージカルの俳優たちによる実演中の様子。
藤田:「研修時の体験を“持ち帰る”要素が欲しい」というのがDDLの要望でした。他者とロールプレイによるコミュニケーションをすることで、リアルな感覚を持ち帰ってもらえたら、研修後の生活の中でもその感覚を思い起こせるのではないかと。
もう一つ、体験を持ち帰るための工夫として、「アンバスNote」があります。音楽座ミュージカルでは、普段から稽古やワークの振り返りのために「フィールノート」というツールを使っています。「アクション」「フィール」「ロジック」「ネクストステップ」という四つの項目に分けて、
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・「アクション」にワークでやったことを、
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・「フィール」にワークで何を感じたかを、
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・「ロジック」になぜそれを感じたのかを、
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それぞれ書き記します。これを書くことで、「こういうときには、こういう感情になる」というのが、視覚的に構造化されるのです。
最後に「ネクストステップ」の枠に、「気付いたことを、どういう場面で使っていくか、活用していくか」を書きます。
このフィールノートの話をしたところ、DDLの皆さんがアンバス・ダイアログに最適な形にカスタマイズしてくださって。結果「アンバスNote」というものが出来上がりました。
研修「アンコンシャス・バイアス」の体験を持ち帰るために制作された「アンバスNote」。相手の言動に対して自分の抱いた印象と、「振り返り」で教えてもらった相手の本心を比較することで「人の内面は、本人にしか分からない」ということを確認できる(A、B)。
海東:アンバスNoteは、フィールノートをベースにしつつ、「IN」「OUT」という項目を設けて、人の「内面」と「外面」について考えられるノートになっています。
日常生活の中で、なんとなく「今、コミュニケーションの行き違いがあったな」と違和感を覚えることはよくあると思います。でも、「どうしてそうなってしまったのか」を理解して、その後に生かすことって難しいですよね。
そこで、コミュニケーションの行き違いが生まれる過程を可視化して、感覚でも頭でも理解しやすくするのが、アンバスNoteの狙いです。
アンバス・ダイアログでは、ロールプレイの後に「実はこういう意図でああいう発言をしていたんだよ」という“振り返り”をみんなでやります。そこでの気づきをアンバスNote上で言語化することで、「自分にはこういうバイアスがあるんだ」と知り、研修後の生活でも自分たちで使えるように工夫されています。
国内電通グループ1年生200人がアンバス・ダイアログを体験!
2020年2月に電通で実施されたトライアル版「アンバス・ダイアログ」の様子。設定シーンは「4人の教師による、学校行事の打ち合わせ」。プロの俳優が演じた四つの特徴的な役を参加者がそれぞれ割り振られ、アドリブで演じる。
藤田:2020年2月に実施した、国内電通グループの1年目社員を対象にしたトライアル版の研修には、海東さんも実際に参加されました。感想はいかがでしたか?
海東:グループ会社も合わせて、入社からほぼ1年の社員200人が参加したのですが、かなり思い出深い研修になりました!
1年間働いていると、少しずつ会社に慣れつつも、先輩に対して、「きっとこう思われているんだろうな」と決めつけてしまっていたり、周囲に対するいろんな“思い込み”ができてくるんですよね。
あの人はニコニコしているけど、本当はどう思っているんだろうとか、今先輩を怒らせちゃったかな、とか。私も、いろいろ勝手に思っていたことがあったんですけど。
アンバス・ダイアログでは、ロールプレイの後にみんなで“振り返り”をするのですが、そこで同じチームでロールプレイを行った同期に
「ここは、本当はもっとはっきり言ってほしかった」
「答えを求めているっていうよりも、意見が欲しかったんだよ」
とフィードバックをされたときに、自分の勝手な思い込みがあったことに気付いて、
「あ、今まで私が先輩や周りの人に対して勝手に抱いていたイメージも、思い込みだったんだ」
と考えられるようになりました。
アンコンシャス・バイアスという言葉を初めて聞いたときに「自分はそんなに“思い込み”なんて持っていないだろう」と思っていたのですが、私の先輩や同僚に対する思いや印象にもアンコンシャス・バイアスがあったんです。
あの研修以来、「この人はこういう思いがあって指摘をしてくれたのかも」ということを少しずつ考えられるようになり、もし誰かに対して不安に思うことがあれば、自分から真意を聞くことができるようになりました。
藤田:アンバス・ダイアログには台本がないから、リアルの生活と同じように「こういうつもりでしゃべったけど、こう誤解されてしまった」ということが起こるし、それを“振り返り”の時間に、お互い確認できるんですよね。
海東:しかも、200人の中からランダムに組み合わせが決まるので、いきなりなんの脈絡もない4人で、役割を演じ合わないといけない状況がとても新鮮でした(笑)。仲のいい人と一緒にいると、自分のキャラクターや立ち位置を気にしてしまうけれど、ほとんどしゃべったこともない人とロールプレイをすることで解放的になれたと思います。
同期からの評判もすごく良かったです。研修後に仲のいい子たちとランチに行き、「今までの研修と違って新鮮で楽しかったね!」と盛り上がりました(笑)。会社の研修って「役に立ったね」という感想はあっても、「楽しかったね」はあまりないので、そういう意味でも印象に残る研修になりました。
藤田:そう言ってもらえるとうれしいです。電通での研修はトライアルということで、とにかくいろいろ試してみようと、3時間弱の長いプログラムとなりました。その結果を受けて、改めて「必須な要素」「短縮すべき要素」を精査し、より洗練した内容が、先日リリースしたアンバス・ダイアログです。
また、2月のトライアル時は、全員が一つの会場に集まって行いましたが、その後のコロナ禍で、オンライン対応への仕様変更も行っていきましたね。
海東:オンライン版の仕様が全体的に固まってきた7月くらいに、人材開発事業などを行っている日本マンパワーに加わってもらいました。
藤田:音楽座ミュージカルでは、研修を直接販売もしますが、多くの場合は日本マンパワーにお願いして、全国の企業に営業をかけていただいているんです。実は日本マンパワーでもアンコンシャス・バイアスというテーマにすごく興味があったようで、声をかけたときはとても喜んでもらえました。
アンコンシャス・バイアスと向き合って、毎日が少し楽になる
海東:それで9月に、今度は日本マンパワーの社員50人を対象に、オンライン版の体験会を実施しましたね。
藤田:日本マンパワーの皆さんにも楽しんでいただけましたね。フィードバックで多かったのは「アンコンシャス・バイアスに対する考え方に驚いた」というものです。「どうやってアンコンシャス・バイアスをなくすか」という研修かと思って受けてみたら、そうではなかったと。誰の中にもかくれた思い込みが存在することを認め、それを踏まえた上でどう行動するか、というDDLのアプローチがすごく新鮮だったのですね。
その反応を見て、アンコンシャス・バイアスを「いけないこと」として扱うことが世の中では主流なんだと改めて感じました。でも、アンコンシャス・バイアスって、人間が誰しも抱えているもので、なくすことなんてできない。ただ、「自分にもバイアスがあるんだ」と存在を認識して、コントロールできていれば、コミュニケーションの発展につながるんです。
単に「いけないこと」としてしまうと、かえって自覚できなくなってしまう。そうではなく素直に自分の中のバイアスと向き合えば、気付きや成長がある。そういうことが、研修を通して広く伝わるといいなと思います。
海東:DDLだけでは、座学で「バイアスの存在に気付こう」みたいなハウツーを説明する研修になっていたと思います。藤田さんたちのおかげで「コミュニケーションって難しいな」ではなく「コミュニケーションって本来は面白いものなんだな」ということを伝えられる研修になりました。アンコンシャス・バイアスを自覚できると、毎日が少し楽になるんですよね。改めて、どうもありがとうございました!
藤田:こちらこそ、ありがとうございます!これからアンバス・ダイアログがいろんな企業に普及していくのが、とても楽しみです。
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