YouTube動画は「効く」といわれることが多いですが、何にどう効いているのか分からない方も多いのではないでしょうか。前回の記事では、YouTubeクリエイターの強みには「信頼性」(社会的な信用、伝統)と「信望性」(親しみ、好感、共感性)が関係していることを紹介しました。信頼性はメディアへの露出などにより広く知られことでスコアが上がり、信望性はもっとパーソナルな心の距離感が関係します。
では実際にYouTubeクリエイターがつくった動画は、どのように視聴者との心の距離を縮めているのでしょうか。また、動画を見ることで、視聴者の感情にどのような変化が起きているのでしょうか。
私たちはこの「信頼性」と「信望性」を生み出すファクトをひもとくべく、多くのYouTubeクリエイターが所属するUUUMの協力を得て、「脳波」を用いた感性評価を実施しました。今回は、その調査結果を紹介します。
脳波から感情の変化が分かる!最新のニューロマーケティングを活用
人はさまざまな感情を持った上で判断を行い、行動を起こします。感情が変化する際、大脳では電気が発生します。この電気活動を頭皮表面上に置いた電極で計測するのが脳波です。脳波の周波数の出方は感情の種類によって異なるので、周波数のパターンから感情を定義することができます。
電通サイエンスジャムはこの脳波測定による感性把握技術を活用し、ニューロマーケティングを行っています。「ストレスを感じている」「集中している」「興味を持っている」といった感性を1秒単位で計測し、0~100で数値化します。
今回のような動画コンテンツの評価にはアンケートやインタビューを逐一行う方法もありますが、視聴者の気持ちが頻繁に変動するため、質問される側の負担も大きく、本来の感情の変化が取得できない可能性があります。また、あれこれ思考した上で回答を行うため、本音の部分が見えてこないことも考えられます。
脳波測定は、脳波計を着けているだけでリアルタイムにデータを取得できるので、視聴者も映像に集中することができます。さらに、脳波という自己操作の難しい媒体を介することにより、本能的評価を知ることができます。
以前は脳波計測機も高価かつ大掛かりでしたが、昨今の技術革新により大幅に小型化。いつでもどこでも簡単に計測ができるようになりました。
「Brain Behavior Insight」
今回の調査では「Brain Behavior Insight」という、電通サイエンスジャム独自のニューロリサーチプラットフォームを活用しました。
協力者の自宅に計測装置を配布し、在宅中のリラックスした状態で動画を楽しんでいただき脳波データを取得、専用サーバーで解析するアプローチです。YouTubeの実際の視聴形態に近い環境で脳波取得が可能で、スピーディーかつコストパフォーマンスに優れた調査を実現しています。
ちなみに、この在宅型の調査プラットフォームは、新型コロナの影響で会場調査がスムーズにできなくなっている中、企業の研究開発やマーケティング支援でも有効活用されています。対象者のリクルーティングから脳波計の装着、実験の実施まで全てリモートで行い、生活者のストレス度、家庭内でのリアルな製品の使用時の感情などを、安全・安心な状態で把握することができます。
ダッシュボードのイメージ
YouTubeクリエイターの動画でCM以上に脳が活性化!?
今回は56人に協力いただき、調査を行いました。対象としたのは、UUUMに所属するYouTubeクリエイター2人の動画です。動画A(クリエイターAさん制作:7分弱)はスポンサー協賛によるチャレンジ企画を行い、最後にその協賛会社のサービスを紹介するもの。動画B(クリエイターBさん制作:10分強)は新製品を実際に使ってみた様子を解説し、製品の機能紹介も行うもの。
つまり、YouTubeクリエイターの動画パターンとして王道ともいえる「やってみた系」と「製品レビュー」が題材です。また、比較参考として、同じカテゴリーのサービス・製品のCM動画2本(いずれも30秒)も視聴してもらいました。
まず、最初にポジティブ―ネガティブの感情(Valence)と、脳の活性―不活性の状態(Arousal)を2軸にとり、動画を見ている間1秒ごとの感情の分布比率をマッピングしました。
結果、YouTube動画は視聴者がとても活性的かつポジティブな感情で見ていることが分かりました。一緒に検証したCMも非常にクオリティーの高いもので、極めてポジティブな反応だったのですが、YouTube クリエイターの動画はそれよりも好反応であったことが分かります(四象限時における第一象限の含有率より)。
また、長い動画では通常、飽きてきて後半に集中力が下降するのですが、動画Bは後半も集中が持続し、最後の製品紹介パートまでしっかり見られていたことが分かります。なお、動画Aでは後半に集中度が上昇するという結果になりました。
さらに、動画Aの中で最も活性化したシーンは絶叫系チャレンジ企画のクライマックスシーンで、その前と直後は活性度が低くなっており、まるで本人の感情と連動しているように変化しました。Aさんの動画ではこのような起承転結に沿って、集中するタイミングと感情の起伏にもはっきりとしたメリハリが見られました。
なお、別の調査で「認知度が高いタレント」(=信頼性が高い)が出ている動画は、興味度と満足度が高くなる傾向がありましたが、今回のAさんの動画では、それと同じような効果が表れました。
さらに、製品やサービスをPRする部分については、通常明らかに「広告メッセージだな」と感じると脳の活性度が落ちるのですが、YouTubeクリエイターの動画はその部分でも高位置を維持。非常にポジティブな反応が見られました。動画後半のPR訴求部分のみを切り取ってCM動画と比較しても、その数値は高く、かつ集中して見られており、これは訴求内容が視聴者の前向きな反応を引き出し、効果的に機能したことを意味しています。
YouTubeクリエイターの、「信望性」を生み出す能力
第1回で「限定合理性(※)」という考え方に触れましたが、これはできるだけ省エネでいようとする脳の仕組みとしても理にかなっています。脳は、何かを決定付けるときに、自分の中で「条件を満たすもの」を探します。
※=限定合理性
生活者は、“常に選択肢をすみずみまで検討して最適なものを選んでいる”わけではなく、知識・時間・体力の制約から、最初に出合った「条件を満たすもの」に満足して探索を中断しているという考え方。
同じく第1回では、インフルエンサー影響層は、自分に合うかどうかという基準で比較検討する「慎重な買い手」という結果も出ていました。彼らに対して「この人が言うことなら大丈夫」という「信望性」は、まさにその比較検討の際、大きな「条件を満たすもの」となり、購入への後押しとなり得ます。
また、PRの部分においてもポジティブかつ集中して視聴できていることは、「この人の話はいいな、参考にしよう」という「信望性」が影響していると考えられます。おそらく“やらされている感”がない能動的な動画であり、本人が本当にその製品を楽しんでいる・良いと思っていることが視聴者側にも届くからこそ、その感覚を共有でき、インフルエンサーを身近な存在だと感じるのではないでしょうか。視聴者との「感情の共振」を呼び起こしていることが、今回見えたYouTubeクリエイターの“すごさ”のひとつといえるかもしれません。
インフルエンサーと呼ばれる人のうち今回調査したYouTubeクリエイターは、人を引き付ける動画、より面白い構成のコツを知っていて、視聴者の感情をうまく揺さぶっています。その作用を脳波により可視化したことで、いくつかの「証拠」がつかめました。実験実施者としても、想定していたことがはっきり見えた部分、想定以上に表れた意外な特徴、比較して初めて分かった類似・違いなど、大変興味深い結果でした。今後、動画の検証・評価方法のひとつとして応用していければと考えています。
次回は、UUUMでインフルエンサーマーケティングを統括している市川義典氏に話を伺います。どうぞお楽しみに。
【調査概要】
調査会社:株式会社電通サイエンスジャム
調査時期:2019年12月下旬(Brain Behavior Insightを活用した定量調査)
サンプル構成:20〜39歳の男女56人
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