「アンコンシャス・バイアス」という言葉を最近よく耳にしませんか?
電通ダイバーシティラボ(以下DDL)は、アンコンシャス・バイアスをテーマとした体験型企業研修プログラム「アンバス・ダイアログ」を開発しました。
舞台演出メソッドを取り入れ、研修参加者が実際にさまざまな役割を演じる「ロールプレイ」が大きな特徴です。
今回は、アンコンシャス・バイアスという概念と、研修の目的について、DDLメンバーの江口露美が紹介します。
今の時代、なぜアンコンシャス・バイアスという概念が注目されているのか?
人間にはさまざまな「かくれた思い込み」がある。相手の属性や、考えていることなど、目に見えない要素は、ほとんどの場合、自分の中で解釈してつくり上げている「思い込み」だったりする。
2018年ごろから徐々に広まりつつある「アンコンシャス・バイアス」という言葉。
「無意識の偏見」と訳されることが多いようですが、私たちDDLでは「かくれた思い込み」という日本語の方が、ニュアンスとしてより本質に近いのではないかと考えています。
実際にどんな“思い込み”があるのでしょうか。具体例を見てみましょう。
子どもがいる女性社員に対して、上司から「お子さんがいるから、出張は他の人にお願いするね」という言葉。
思いやりや気遣いから発せられた言葉であることは予想できます。しかし、この優しい言葉の中には
「家事・育児は母親の役割のはず」
「子どもがいる女性社員は育児で忙しいから出張したくないはず」
というアンコンシャス・バイアスが存在していることにお気付きでしょうか。
そして受け手側がこの気遣いに対して感じる思いも、一様ではありません。
「育児が大変だから助かった!よかった…」
と思う人もいる一方で
「私のプロジェクトだから、最後までやりたいのに…」
「夫が一緒に育児しているから問題ないのに…」
と思う人もいるかもしれません。このように、自分の中にある「きっとこうだろう」という、かくれた思い込みがアンコンシャス・バイアスです。これに気付かずにコミュニケーションを行うと、たとえそれが善意であっても、受け取る側には不満が残ってしまう可能性があります。
特にビジネスにおいて、アンコンシャス・バイアスは女性活躍やコミュニケーションの阻害、モチベーションの低下につながりかねない、
解決されるべき課題
として扱われるようになってきました。
コミュニケーションの中で、「この相手はきっとこうに違いない」「どうせこう思っているだろう」などと無意識に決めつけてしまうこと自体は、もともと人類の歴史上ずっとあったものでしょう。
それが「アンコンシャス・バイアス」という概念として確立され、注目されるようになったのは、2000年頃からです。特にアメリカのシリコンバレーという、さまざまな人種、職種、宗教が交わる社会において、必要な概念として研究されてきました。
さらにこの考え方が世界的に注目されるきっかけとなったのは、2018年5月にスターバックスが行った、人種差別に関するアンコンシャス・バイアスのトレーニングです。
事の発端はスターバックスの店舗において、人種による接客・対応の差が発覚したこと。それも「悪意を持った意識的な差別」ではなく、「無意識の偏見による悪気のない差別」が問題になったのです。事態を受け、スターバックスはアメリカ全店舗の一斉閉鎖を決定しました。
スターバックス、ハワード・シュルツ会長の声明文
https://stories.starbucks.com/stories/2018/an-open-letter-to-starbucks-customers-from-howard-schultz/
店舗閉鎖中には、17万人以上の従業員を対象に、人の意識の深いところに眠る偏見を見直すための研修を実施。ニュースでも話題となり、より多くの人々が、善意でも悪意でもなく人の意識の中に自然に存在する「アンコンシャス・バイアス」という概念を知る第一歩となりました。
さて、アンコンシャス・バイアスは一部の人にだけあるものではなく、私たちの誰の中にもあって当然のものです。悪意のない思い込みが招いてしまった人間関係のこじれや、仕事のミスなど、誰しも経験したことがあるのではないでしょうか。
ダイバーシティとインクルージョンをテーマとするDDLでも、多様な個性をいかす社会づくりを目指す一環としてアンコンシャス・バイアスに注目。より多くの人にその認知を広めるための発信方法を模索し続けてきました。
「あって当たり前」なアンコンシャス・バイアスとの付き合い方
ソフトバンクとの越境ワーカープロジェクトがきっかけで、DDL内にアンコンシャス・バイアスに向き合うチームが生まれた。
少しさかのぼって、DDL内にアンコンシャス・バイアスを考えるチームができた経緯をお話しします。実は、2年以上の長い構想期間がありました。
もともとのきっかけは、電通とソフトバンクの共同プロジェクトである2018年の“越境ワーカー”(※)です。このとき、多様な個性を“価値”として生かす社会に向けたアクションを考える中で、「アンコンシャス・バイアス」という言葉に出合い、この概念と向き合うことになったのです。
※越境ワーカー
参加企業が相互に社員を受け入れて課題解決を目指すオープンプロジェクト。電通とソフトバンクは、本社所在地が近隣であることを縁に、お互いの社内のプロジェクトチームに相手企業の社員を受け入れ、課題解決に取り組んだ。
アンコンシャス・バイアスとは一体どんなものなのか。どうして広めたいのか。何を広めたいのか。
当初私たちは、
「アンコンシャス・バイアスは良くないものだ」
「アンコンシャス・バイアスのことを教えて、やめてもらうための研修をつくろう」
と考えていました。
しかし、資料を集め、何度も話し合いを重ねる中で、チームにひとつの疑問が生まれました。
「そもそもアンコンシャス・バイアスは、単に“良くないもの”なのか?」
アンコンシャス・バイアスは多くの場合、セクハラやパワハラ、人種差別などと同様に、
「とにかくいけないもの」
「なくすべきもの」
として扱われています。しかし、チームで話し合えば話し合うほど、アンコンシャス・バイアスは
「人間が生きていくために必要なこと」
「本能的に持っていること」
だという理解に変わってきました。完全になくすことなどできないし、無理に根絶しようとすると、別の障害が出てくるのではないかと考えるようになったのです。
ここで、前述の例をもう一度見てみましょう。
お子さんがいるから、出張は他の人にお願いするね
という言葉は「お子さんがいるから、女性社員は大変だろう」という思い込みであると同時に、気遣いや思いやりでもあります。実際、前述の例では「ありがたい、子どもの面倒を見なくてはならないので、出張がなくて助かった」と感じる人もいるわけです。
もしアンコンシャス・バイアスを全て「悪いもの、なくすべきもの」とした場合、この上司は「相手の性別や暮らしのハンディキャップなど特に考慮せずに、同じ指示を出す」のが正しいことになってしまいます。しかしそれでは世界は良くならず、別の不満やトラブルが増えることでしょう。
私たちは、本当に改善すべきなのは、
「アンコンシャス・バイアスを持っていること」
ではなく、
「お互いのアンコンシャス・バイアスの可能性に気付かないままコミュニケーションを終わらせてしまうこと」
なのではないかと考えるようになりました。
みんなが「自分にもアンコンシャス・バイアスがあるはず」と気づき、意識できるようになれば、
といったケースが増え、コミュニケーションの活性化につながります。
ちなみに、アンコンシャス・バイアスは対人コミュニケーションに限った概念ではありません。イノベーションにおいても「かくれた思い込み」によって可能性が阻害されてしまっているケースは多々あります。
新しい企画の立案、商品開発、営業など、さまざまなビジネスシーンで、多くのアンコンシャス・バイアスが働いています。多数の人が、当たり前だと信じて疑わない“かくれた思い込み”で、新しい発想に歯止めをかけてしまう可能性もあります。
つまり、「自分の中にはアンコンシャス・バイアスがある」と気付き、意識することは、人間関係の改善だけでなく、新しいビジネスアイデアや発見のきっかけにもつながるはずです。
役を演じながら学ぶ研修プログラム「アンバス・ダイアログ」へ
世の中にはアンコンシャス・バイアスのチェックテストや研修が多数あります。その多くは、アンコンシャス・バイアスをネガティブなものと捉え、思い込みを「なくす」ために実施されています。
また、企業で行われる研修は「部下とのかかわり方」のような視点から、経営者や管理職に向けて「こういうシーンではこう対処すべき」というものが主流です。
しかし、DDLの考えるアンコンシャス・バイアスは、ネガティブなだけでなくポジティブな要素も含むもの。そして、立場が上の人に限らず、どんな人でも持っているもの。
そこで、この概念を広めるために最適な発信方法は、新人やベテラン関係なく参加できる研修なのではないかという結論に。
いろいろ方法を検討した末に、「シアターラーニング」に出合いました。舞台演出のメソッドを生かしたワークショップ的な研修形式です。この手法を提唱する音楽座ミュージカルの協力を得て、研修「アンバス・ダイアログ」の開発を進めました。
最初にプロ俳優によるスキットが行われ、それを参考に受講者もロールプレイに挑戦します。ロールプレイの後には受講者同士の振り返りパートがあり、
「自分にはこう見えていたが、相手は本当はこう考えていたのか」
ということを知り、自然と自分の中のアンコンシャス・バイアスの存在に気付いていくことができます。
「ロールプレイ」と「振り返り」をセットにしたことによる「気付き」の経験は、思った以上に新鮮かつインパクトのあるもので、まさに私たちの考えていた「受講者のその後の人生に影響を与える研修」にぴったりな手法でした。
その後、企業研修の知見やコネクションを多く持つ日本マンパワーにも加わってもらい、3社の提携という形で研修「アンバス・ダイアログ」をリリースすることができました。
今の世の中にあるアンコンシャス・バイアスの研修は、ネガティブへの「ブレーキ」として生まれたものだと思います。対して、今回私たちが開発したアンバス・ダイアログは、視点を変えて、コミュニケーションの「アクセル」として機能できればうれしく思います。
次回は研修開発の道のりと、予想以上だった成果について、音楽座ミュージカルの藤田将範氏と、DDLの海東彩加氏の対談でお届けします!
転載元となった「電通報」の対象記事はこちら