大藪氏が感じる中小企業の課題、くだらないものグランプリを開催したことで参加企業に生まれた変化、そして、中小企業の課題を解決するコンテンツづくりの方法を、電通の森本紘平が聞きました。
大藪:ダイワ化工は愛知県のゴム成形・加工会社で、主に自動車部品を製造しています。創業者は私の父で、もともとは洗濯機の部品などを扱っていました。父は元商社マンなので、ものをつくる企業と使う企業の間をつなぐ仕事がメインでしたが、その後、自分たちでものづくりを行うようになり、現在は私の主人が2代目を継いでいます。
森本:幼い頃からずっと町工場が身近にあったと思いますが、そんな大藪さんが中小製造業に感じる課題とは何でしょうか?
大藪:愛知県の中小製造業でいうと、私たちは大手メーカーのお膝元で働いているため、縁の下の力持ちとして、なるべく目立たないようにする文化が根付いています。
しかし世の中は大きく変わり、町工場も発注していただいたものを粛々とつくるだけではなく、自分たちの強みを積極的に発信していかないと存続していけません。でも、私たちには目立たないようにする精神が染み付いているため、当社も含めて、自分たちの良さを表現するのが苦手なところがあり、そこがずっと課題だと思っていました。
森本:なるほど。その課題感が、くだらないものグランプリ開催への伏線になっていたんですね。改めて、くだらないものグランプリの概要や経緯を教えてください。
大藪:町工場を中心にものづくり企業が、自社技術を生かしてくだらないものをつくり、日本一を決める大会です。
発端は2020年4月。コロナで東京の展示会が相次いで中止・延期され、このままでは終われないという気持ちから、知り合いの会社に声をかけて5社でオンライン展示会を開催したんです。
その反省会をウェブ会議ツールで実施したとき、ある社長が「コロナが収束したとしても、言われたものを淡々とつくり続ける町工場の状況は変わらない。これは本当のものづくりじゃないよな」と話し始めました。
すると、当社の社長が「本当だよな。おれなんか、暇だからこんなものをつくっちゃったよ」と、感染症対策でフィルムをしたままビールが飲める道具を見せてきました。ゴムと全然関係ないし、くだらな過ぎてみんな失笑していたのですが(笑)、もう一人の社長が「おれもこんなものつくったんだ」と、今度は重役用のマスクスタンドを見せて、自慢し合いが始まったんです。
森本:重役用ってどういうことですか?(笑)
大藪:ただの棒が付いたスタンドなのですが、重役用だから金色にしているんです(笑)。本当にくだらないのですが、当の本人たちはとても楽しそうに話していて。
そのとき、参加者の一人が「くだらないものグランプリやらへん?」って言ったんです。それを聞いた瞬間、私の頭の中でバーッとイメージが浮かんで、「面白い、やろう」と早速動き始めたんです。
ウェブ会議の様子
くだらないものづくりで、社内コミュニケーションが劇的に変化
森本:そこから約半年で開催するという、スピード感がすごいですよね。記念すべき第1回は20社が参加されましたが、参加者の皆さんの反応はいかがでしたか?
大藪:普段はお客さんから依頼された図面通りにものづくりをしているわけですが、いざ自由演技でくだらないものを考え始めると、どんどん自社開発のアイデアが浮かんできたという企業がありました。
これまで会議室などで真剣に自社開発のアイデアを練っても出てこなかったのに、くだらないものを考えれば考えるほど良いアイデアが出てきて困ったみたいです(笑)。
森本:分かります(笑)。真正面から真剣に考えるよりも、ちょっとズラして考えた方が良いアイデアが浮かぶことってありますよね。頭のスイッチが切り替わるんでしょうね。
鶴ヶ崎鉄工/切粉で作った1/100スケールのミニチュア社屋(優勝)
大藪:それから、経験豊富な技術者たちが厳しくて口調も怖いせいで、若手がついてこないという悩みを抱えていた企業からは、みんなでくだらないものに取り組んだことで新しいコミュニケーションが生まれ、職場の雰囲気が変わったという声を頂きました。社長と社員のコミュニケーションが活性化したという企業もあります。
森本:それって会社にとってものすごくプラスの効果をもたらしていますよね。グランプリを企画する段階で、そのような狙いがあったのですか?
大藪:まさか、こんなことが起きるとは思っていませんでした。本業だと先輩たちには自分が引っ張らないと、という気負いがあるし、逆に若手は自分の意見を出すことを躊躇します。
でも、今回の取り組みは全員が混乱するというか、「くだらないもの」という誰も経験したことがないオーダーなので(笑)。良い意味で上下関係などがフラットになり、結果的に社内の関係性に変化が生まれたのだと思います。
森本:社内の変化だけでなく、参加企業同士の関係性も変わったのではないでしょうか?
大藪:その通りです。参加企業同士で仕事を依頼し合ったり、これまでは会社見学などは迷惑だろうと遠慮していたのですが、積極的に行き来してものづくりのノウハウを共有したりと、横のつながりが非常に強くなりました。
森本:まさしく、くだらないものグランプリの成果ですよね。ダイワ化工が「情熱賞」を受賞した「社歌コンテスト」でも、参加企業や主催者・協力者間でのコミュニケーションが生まれ、新しい関係性につながっています。
共創の時代といわれていますが、まずはみんなが共感できるコンテンツをつくることが、結果的に共創の近道になるのではないかと思います。
大藪:本当にそう思います。さらにビジネス面でのプラスの効果もあって、グランプリに出品したくだらないものを改良して、自社製品の開発を進めている企業が2社あります。真正面から商品開発をするのではなく、ちょっと違う角度で回り道をすると物事が進むこともあるのだと気付かされました。
くだらないもの=ツッコミたくなるもの
森本:僕はこの企画の魅力を考えたときに、「くだらないもの=ツッコミたくなるもの」という解釈をしました。どの業界でも、印象に残らないことが一番良くないと思うのですが、ツッコミたくなるということは、愛着を持って気にしてもらえるということ。
ボケとツッコミで関係を深めていく関西の文化で育ったからか、僕はこの構造にとても親近感を感じました(笑)。
大藪:それはうれしいです(笑)。このイベントをきっかけに町工場に親近感を持ってほしいという思いがあり、「あの人に仕事を頼みたい!」という個人へのファンが生まれることを目指していました。
自社技術を生かしたものづくりの大会であることは間違いないのですが、企画として技術を前面に出し過ぎると、みんなカッコつけてしまうんです。それよりも、意外とお茶目な一面や、応援したくなるような人柄を見せることが大事だと思いました。
鬼福製鬼瓦所/鬼瓦ヘルメット(話題をさらったで賞)
森本:そこは大切なポイントですよね。単純にカッコいい企画にしていたら、そこまで親近感は得られなかったと思います。「くだらないもの」という切り口だからこそ、みんなが自然体になれたのではないでしょうか。
大藪:町工場の仕事って、ミクロ単位で寸法を合わせるなど、ごまかしが効かない世界なんです。それゆえに正直者が多く、お互いに本音で話す文化が根付いています。泥くさい部分もあるけれど、うわべで付き合わないからこそ良い仕事ができる部分もあって。
くだらないものグランプリでも、そんな町工場のみんなの良いところが出ていたと思います。カッコつけようとしてもチャーミングな一面が出てしまったり(笑)。
三洲ワイヤーハーネス/ムキムキ電ジャー(社長!やっちまったで賞)
森本:皆さんのプレゼンテーションもアナログだけど伝わるものがあって、とても勉強になりました。パワポはあくまでも手段の一つでしかないのだと改めて考えさせられました。
大藪:私がライブ配信するときに画面を切り替える自信がなくて、全社でパワポを使わない方針にしてもらったのですが、結果的にそれがすごく良かったと思っています。
紙芝居をやったり、デパートの対面販売のように見せたり、シャープペンシルの芯に穴を開けてそこにシャープペンシルの芯を通すという、一発勝負のハラハラ感を演出したりと。良い意味でビジネス感がなかったですよね。
エストロラボ/シャー芯inシャー芯(決戦盛り上げの立役者賞)
森本:きれいにつくり過ぎていないからこそ親近感が出ていましたし、長時間のイベントにもかかわらずあっという間に時間が過ぎたと感じるほど、視聴者が見入ってしまうプレゼンテーションだったと思います。
大藪:本人たちは一生懸命やっているので指摘されると恥ずかしいかもしれないけれど、大真面目にやっているのにどこか少し抜けているところに愛着が湧くんですよね。
コンテンツの面白さに、つくり手の熱量は必須
森本:改めて、くだらないものグランプリがどうして見る人の心に刺さったのかを考えると、つくり手の皆さんが楽しんでいるのが伝わったからだと思うんです。つくり手が面白いと思わない仕事は、当然ながら受け手が面白いと思ってくれる確率も低くなりますよね。
僕らはプレゼンが多い仕事ですが、提案のメリットを伝えるのと同じぐらい、自分がどれだけこの企画を信じているのかを伝えることも重要です。それが伝わらないと良い仕事はできないし、逆に伝わったパートナーとは非常に良好な関係が築けています。
大藪:同感です。結果的に新しい仕事や社内改善につながりましたが、最初は利益やメリットが得られるかなんて誰にも分かりません。どの企業も本業では生産性と効率化を追求している状況なのに、くだらないものに時間もコストも費やしてくれるなんて、うわべの付き合いでは絶対にやり遂げられませんよね。
森本:日々企画開発をしていて常々感じるのは、最初に見る人の心を動かすコンテンツをつくることが重要で、それができれば副次的に本業の課題解決にもつながるということ。遠回りに見えるけれど、長い目ではそれが近道で、何よりやっていて楽しい。その好例がくだらないものグランプリだと思います。
大藪:思いが伝われば、一緒にやりたいと本気で思ってくれる仲間が増える。まずはつくり手が本気で楽しみ、周りに思いを伝えていくことが大事ですよね。
くだらないものグランプリのような楽しい仕事、ワクワクするエネルギーを原動力とする仕事が増やせれば、中小製造業の未来も明るく変えていけるのではないかと信じています。
森本:そう思います。ちなみに僕は事前投票の段階から本戦まで、マルハチ工業の「トイレのとめこさん」を応援していました。僕にも2歳の息子がいるので、トイレットペーパーの無駄遣い防止という観点には深く共感できました。
マルハチ工業/トイレのとめこさん(期待のホープ賞)
森本:大藪さんの挑戦は刺激になるので、今後も業界を超えて連携できるとうれしいです。これからもよろしくお願いします!
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