近年、寄付市場という言葉を耳にすることが増えてきました。特に新型コロナが猛威を振るった2020年以降、金銭物資を問わず寄付に関するニュースや話題は世界中から聞こえてきます。また今日では資金調達から商品売買にわたって経済活動の重要なプレーヤーとなった感のあるクラウドファンディングにおいても、寄付を募るクラウドファンディングが目立ってきています。
寄付市場とは、個人や法人によるNPOや各種団体への寄付金、助成団体による助成金などを指し、その性質から企業の営利活動とは本質的に相容れないものというイメージがありますが、その一方で、これからの時代の企業経営やブランディング、マーケティングを考える上で、寄付市場の動向はもはや無視できない、という意見も出始めています。
寄付市場が企業のマーケティングに具体的にどのような意味を持つのか、あるいは寄付市場を意識してこれから何を検討すべきなのかを、購買心理の変化、社会的な要請という2つの側面から見ていきたいと思います。
日本の寄付市場を牽引する「ふるさと納税」
日本ファンドレイジング協会「寄付白書2021」によると、2020年の個人寄付の総額は1兆2,126億円で、前回調査(2015年実績)の1.5倍に上ります。
そもそも寄付やボランティアの後進国であった日本において、それらの発展は残念ながら大規模な自然災害を契機としています。1995年の阪神淡路大震災は復興ボランティアへの市民の参加を促し、「ボランティア元年」と呼ばれました。同様に東北大震災のあった2011年、個人寄付額は初めて1兆円を超え、「寄付元年」と呼ばれています。翌2012年には一旦減少したものの、個人寄付はまた増加に転じ、再び1兆円を超える規模になりました。
実は2017年から2019年まで同様の調査が実施されていません。したがって2020年の個人寄付額にコロナ禍がどの程度影響しているかは推測できません。コロナ禍がなくても1兆円近い規模になっていた可能性はありますが、それでもコロナ禍による在宅や中食(家庭外で調理・加工されたものを家庭や職場で食べること)増加の影響は小さくありません。
というのは、その個人寄付の過半を占めるのが「ふるさと納税」だからです。2020年のふるさと納税額は6,725億円で、前回調査時(2015年実績)の2.4倍近くに増えています。
ふるさと納税で商品価格に相当する「還元率」は3割が上限ですが、それが仕入原価であることを勘案すると、売上高6,725億の小売業ともいえる「ふるさと納税」が日本経済、とりわけ地方産業に持つインパクトの大きさがわかります。
Tips ふるさと納税が、寄付市場のマーケティング的価値を高めた。
ふるさと納税に見られる、現代の消費行動の変化
ふるさと納税は2011年に手数料に相当する控除額が5,000円から2,000円に引き下げられ、その後ふるさと納税分の確定申告がしやすくなったことなどもあり、一気に火が付きました。もうひとつの背景として、食材なども含めて多くの商品をEコマースで購入する習慣ができてきたこと、それによって購入消費を決定づけるための情報要素が飛躍的に増えたことが挙げられます。単に地方の特産品を購入するのではなく、購入によってその地方都市を納税という形で支援する、という新たな寄付市場が成立したということができます。
よく似た事例として、統計的には寄付市場には含まれないものの、「応援購入」という新たな形があります。コロナ禍に苦しむ飲食業界の宅配品を買って支援する、外食自粛などで廃棄されてしまう食材を積極的に消費してフードロス対策をする、というもので、その商品やサービスを購入することで生活者自らが社会課題の解消を支援していると言えます。
これらが示しているのは、生活者が「意志を持った消費」をする時代の本格的到来です。単に品質がよい、安いといった商品やブランドの訴求だけではなく、生活者がその商品を購入することによって社会にどのような影響を与えることができるかを含めて、購入商品を吟味する時代になっているといえます。
「寄付白書2021」によると、最近の傾向として寄付行動の若年世代への浸透が挙げられます。いつの時代も、年齢が上るごとに寄付者率が高まっていくものですが、コロナ関連の寄付に限れば20代の寄付者率は40代とならんで最も高いスコア(9.8%)を示しています。
また同白書では、新型コロナ関連の寄付動機の中で世代を問わず顕著だったものは「困難な状況にある個人や団体を応援したかったから」「社会の危機に対して、自分もできることをしたいと思ったから」だと指摘します。
想像を超える制限や不自由な暮らしを強いられたコロナ禍において、社会的に弱い立場であることが多い20代の寄付者率が高かったということは、上記のような現代の消費行動の変化と同調している部分が少なくないと考えられます。
Tips 寄付市場が示すのは「意志を持った消費」という新たな生活者の姿
ソーシャルマーケティングの歴史と寄付市場
実はコロナ以前からすでに、企業が事業と併走するかたちで寄付などを通じた社会課題の解決に動き出しているというニュースを、私たちはよく耳にしています。例えば世界の共有資源である水や森林など天然資源を守る活動、日本での1食分の購入で、飢餓に苦しむ国々でも1食分の食料が寄贈される仕組みなど、枚挙に暇がありません。それらは一般的にはソーシャルマーケティングと呼ばれています。
ソーシャルマーケティングは、1971年に経営学者のフィリップ・コトラーによって提唱された手法で、企業の利益追求ではなく社会との関わりを重視したマーケティングです。それらは主に商品の売上に応じて企業が社会貢献活動に寄付をするCRM(コーズリレーテッドマーケティング)の形で実施されてきました。
その後90年代に入ると環境問題がクローズアップされ、環境汚染やゴミ問題など、企業の負の部分が問題視されるようになりました。さらに2000年代には目先の利益追求型の経営をしていた大企業が相次いで破綻、欧米の退職金組合など堅実な基幹投資家にも甚大な被害が出たり、気候変動が金融業界にとってもリスクになったりするなど、不安材料が露呈し、投資に際して財務諸表以外の3要素(環境、社会、ガバナンスの)を考慮するESG投資が普及するなど、企業にとっては資金調達から取引まで全てにおいて、その佇まいが問題になるようになりました。
そんな中、2011年にハーバード大学のマイケル・ポーター教授らが提唱したのが、CSV(クリエーティング・シェアド・バリュー)です。それまでの企業の社会貢献活動(CSR)は、本業である事業と直接関係のない活動が多かったのですが、CSVは企業が本業である事業によって社会課題と向き合う時代の到来を宣言したもの、ということができます。
しかし実際のところ、企業が事業を通じて社会課題を解決することは容易ではなく、またどの程度の速度と規模で課題を解決するのか、といった議論はおざなりになりがちです。さらに自社の事業を社会課題解決と安易に結びつけることは、「グリーンウォッシュ」という批判にさらされるなどして、かえって企業の風評に悪影響を及ぼしかねません。
そこで昨今注目され始めているのが、企業がNPOや各種団体とタッグを組み、さらには消費者も巻き込む形で社会問題を解決しよう、という企業の活動設計です。企業の存在意義(パーパス)を規定し、それを立てて消費者も巻き込んだ社会課題解決をする、あるいはそのための事業設計をするという意味で、「パーパスドリブン」な手法であるとも言えます。
Tips 寄付市場と連動したマーケティングは、時代からの要請
寄付市場と寄り添う事業戦略プランへ
その際、事業設計の大きな指針となるのが寄付市場の動向です。
企業が自社のみで社会課題を解決するよりも、NPOや各種団体の支援を通じて社会課題の解決に関わる方が効果的、効率的です。そこで、NPOなどが寄付金調達のために行う支援者(スポンサー)向けマーケティング施策と、スポンサーになる企業のソーシャルマーケティングを相互乗り入れの形で融合し、NPOが抱える社会貢献意識の高い生活者をターゲットに、ロイヤルティの高い集合体としての顧客層を構成しようというのが、寄付市場を意識したマーケティングメソッドということができます。
このメリットは、企業にとってはCSV等と比べて着手しやすく、実効性の高い社会的インパクトの実現が可能になることです。たとえ大きな事業ではなくとも適正な数の生活者をロイヤルティ顧客化することができ、参画する生活者にとっては社会貢献の実感を得られやすいので、事業継続性、事業成長性ともに大いに期待できます。
Tips 自社の施策とNPOなどの施策を融合させることで、効率的な顧客獲得が可能に
寄付市場と連動し、SNSを使ったマーケティング
それでは一例として、ある架空の企業A社が、自社の登録商標である絶滅危惧種の野生動物(例:黒サイ)保護をスローガンに、保護活動をするNPO法人“B”と連携して本格的な現地調査をするという活動(以下キャンペーン)を想定し、アプリやSNSを使って手軽にできる施策を見てみましょう。
クリック基金
たとえば当該NPO法人“B”が黒サイ保護への寄付を呼びかけるサイト上に「ココをクリック」などのボタンを設置。生活者がそこをクリックしてA社のCMや動画、画像を視聴するたびに、A社は1クリックあたり1円〜10円など予め決めた金額を寄付し、“B”の活動を支援するというものです。生活者本人の費用負担なく寄付ができるので多くのアクセスを獲得することが見込めます。この場合、A社は寄付金を払うという貢献がはっきりしているので、A社は商品訴求だけをする広告枠的な使い方もできます。
ツイッター寄付
同様にA社や“B”のサイト等で、生活者に特定のハッシュタグ(例えば「#黒サイを救おう」)拡散を呼びかけるツイート(投稿)し、さらにその投稿に対するリツイートを呼びかけます。そして、その拡散の件数に応じてA社が寄付金を負担します。
この施策のメリットは、例えばA社の企業名をインパクトある形で生活者に認知してもらうことができること、またA社のツイッターと連動することでA社のSNSマーケティング全体の底上げ効果などが考えられます。
ただしツイートのハッシュタグは例えば「#黒サイを救おう」といったキャンペーンに関するものが望ましく、A社ブランドや製品名のツイートでは、狙った効果は期待できないでしょう。
facebookいいね!寄付
これも同様にNPOやA社のFacebookの当該記事に対する「いいね!」の数に応じてA社が寄付をするというもので、インパクトのある認知拡大が見込まれます。 ただしFB自体はA社の継続的な施策であることが多いので、対象期間を限定する、または対象記事を絞り込むなど、丁寧な設計が必要です。それによってA社のFacebookフォロワー獲得への導線として設計するのが効果的といえます。
アンケート募金
クリック基金の拡大版といえる方法で、生活者がクリックの代わりに2、3問のアンケートに答えてもらうことでA社からの寄付が行われるというものです。例えば「野生動物保護」キャンペーンであれば、保護活動についてのより深い理解を求める方法として使われます。
A社の行っている保護活動に関する設問等もできるので、生活者からA社への強い共感とロイヤルティを獲得することも期待できます。
まとめ
日本においては、ふるさと納税の躍進が寄付市場のマーケティング的価値を高めました。「意志を持った消費」という新たな生活者の姿と言えます。
一方企業はかねてより様々な形で、社会の中での存在意義を問われてきた歴史があり、寄付市場と連動したマーケティングはその歴史上に出現した、と言えます。企業の社会活動は自社のマーケティングとNPO等の施策を融合させることで、より効率的な社会的インパクトの実現と顧客獲得を可能にしてきています。クリック基金やアンケート募金など、企業が生活者の意識に呼応しながら寄付を進める方法も次々と開発されています。
大きな目で見れば、個人・企業を問わず社会全体が、社会への貢献を単なる自己犠牲として捉えるのでなく、より有効で意味のあるものにしていこうという潮流が見て取れる、と言え、その意味で寄付市場は将来に向けても進化・拡張していきそうです。