リオデジャネイロ2016大会から、オリンピック競技だけでなくパラリンピック競技もテレビで放送され、障がい者スポーツへの理解が促進されました。その中でも高い人気を集めているのが車いすバスケットボールです。男子の日本代表は東京2020大会で史上初めてパラリンピックで決勝まで進み、銀メダルを獲得しました。
競技の紹介とその魅力
車いすバスケットボールのコートの大きさやゴールの高さ、ボールなどは基本的には一般のバスケットボールと同様で、ルールもかなり似ています。もちろん車いすでプレーするので、ダンクシュートをする選手はいません。それでも、競技用の車いすを操作しながらドリブルをしてパスをしてシュートと、同時に様々なことをこなさなければならないため、実際に見てみると選手たちの卓越した技術に改めて驚かされます。
バスケットボール漫画のバイブル「スラムダンク」作者の井上雄彦先生は、車いすバスケットボールの魅力にいち早く気がつき、時には日本代表の合宿にも帯同しながら、車いすバスケットボールの漫画「リアル」の連載を今から23年前の1999年に始めました。
言葉で説明するよりも、ネット動画などで試合を見てもらうと、面白さが少し分かると思いますが、実際の試合を会場で見ると、さらにその魅力を実感できると思うので、機会があれば是非一度見に行くことをおすすめします。今まで思い描いていた障がい者スポーツの固定観念が覆されるかもしれません。
さて、車いすバスケットボールには、この競技を成立させている最も重要なルールがあります。それは、障がいの度合いに応じて、平等に試合に出るためのルールです。 まず、選手それぞれがもっとも障がいの重い1.0点からもっとも障がいの軽い4.5点まで0.5点きざみの点数を持ちます。その上で、コートに出ている選手5人の合計点数は14.0点以内ということが決められています。このルールがあることによって、障がいの重い選手も軽い選手も平等に試合に出場することができるのです。
ちょっと飛躍しすぎかもしれませんが、このルールは多様性を認め合い、受けいれる社会を作るためのちょっとしたヒントになっているかもしれません。このことは改めて後半で触れさせて頂きます。
Tips 車いすバスケットボールで使うコートやリングの高さ、ボールの大きさはバスケットボールと一緒。ルールもかなり似ているが、障がいの度合いによって、選手が平等に出場できるためのルールがある。
昨今の活躍とその人気
東京2020大会では男子が銀メダル、女子が6位入賞を果たしました。この時の成績は男子のほうが上ですが、歴史的にみると、実は男子が世界選手権やパラリンピックを通じて今回初めてメダルを獲得したのに対して、女子は過去のパラリンピックで2度メダルを獲得するなど、かなり前から安定した成績を残してきました。
国内でも8月には女子のチームの日本一を決める皇后杯が神戸で行われたり、女子日本代表の国際強化試合も毎年大阪で開かれていたりします。
一方、東京2020大会で一躍注目を浴びた男子日本代表の中には若くていわゆるイケメンの選手も多く、女性ファンが急増し、引き続き注目されています。
東京2020大会の1年後イベントとして今年(2022年)8月24日に有明アリーナで男女それぞれの代表戦が開催されましたが、オリンピック、パラリンピックの55の競技の中で車いすバスケットボールが1年後イベントに選ばれたのも、この競技の今の人気を象徴しているのかもしれません。
Tips 東京2020大会では男子が脚光を浴びたが、実は女子も過去にメダルを獲得している。また、2022年8月24日の東京2020大会1年後イベントでは、女子はスペイン代表を招聘し、男子は日本代表を2チームに分けたエキシビジョンマッチを行った。
マーケティングの現状
そんな車いすバスケットボールですが、マーケティングはどのように成り立っているのでしょうか?
他の競技団体と同様、国際連盟とそれぞれの国の国内連盟がありますが、ここでは日本車いすバスケットボール連盟(以下、JWBF)のマーケティングを紹介させて頂きます。
協賛の階層としては4つに分かれていて、上からゴールドパートナー、オフィシャルパートナー、オフィシャルサポーター、オフィシャルサプライヤーとなっています。金額的には最上位のゴールドパートナーは数千万円となっていますが、たとえば3番目のオフィシャルサポーターだと、協賛に必要なための金額も数百万円規模となり、多くの企業が協賛を検討することが可能になります。
ただし、「協賛=寄付」ではないので、協賛する企業にとってもメリットがないと成立しません。では、そのメリットにはどんなものがあるのでしょうか?スポーツ競技団体の協賛の一般的なものとして、「●●競技の日本代表を応援しています」といった呼称権や、その競技の選手を招いて行うイベントの実施権などがありますが、JWBFにもそうした協賛権利があり、企業としても社内外への応援機運の盛り上げによる好意度アップや一体感の醸成などは、協賛によって得られる分かりやすくて具体的なメリットになります。
一方でJWBFは、こういった一般的な協賛だけでなく、協賛企業とJWBFが互いに社会的な価値を向上していくためのパートナーとなることを目指しています。それが具体的にはどういうことなのかを、次の章で説明していきます。
Tips 日本車いすバスケットボール(JWBF)のマーケティングは協賛規模が数千万円のものから数百万円のものもあり、様々な企業が協賛を検討できる仕組みになっている。
社会的な後押しとパートナーとしての協賛について
車いすバスケットボールには、障がいの度合いによって持ち点が変わり、障がいの重い人も、障がいの軽い人も平等に試合に出るためのルールがあります。このルールは多様性を認め合い、受けいれる社会を作るためのヒントになっているかもしれません、と書かせて頂きましたが、車いすバスケットボールに協賛をするメリットとして、このことがあるかもしれません。つまり、このルールをはじめとして、競技に触れ合う中で、それぞれが自然と何かに気づかされる瞬間があるのです。
言うまでもなく日本は少子高齢化が進んでおり、さらにこの先、2036年には65歳以上の高齢者の占める割合が33.3%となり、世界で唯一の超高齢化社会に突入することが避けられません。当然、加齢とともに、杖をついて歩く人、車いすを使う人が増え、こうした高齢者を支えていくために、社会インフラだけではなく、多様な人々を受けいれていくために人々の意識の変革が求められます。
多様な人たちを取り残さずに、受けいれていく社会が出来るか、そうでなく分断の社会になるか、大げさかもしれませんが、私たちはその選択を日々迫られています。当然、みんなが意識を変えて多様性を受けいれる社会を志向してくれれば良いのですが、誰かに言われて、すぐに考えが変わる人ばかりではありません。そういった中で、車いすバスケットボールを見て、体験して、応援すると、何かに気がつくきっかけになる可能性があるのです。
協賛している企業の多くは、社員や地域の人たちのために体験会を行ったり、もしくは大会に冠協賛をして、その大会を多くの社員に応援してもらう場にしたりと、まさに一緒にこのスポーツを体感してくれています。その中で、競技としての魅力だけではなく、多様性を認め合い、受けいれる社会を作るためのヒントをそれぞれが感じ取ってくれています。それは、車いすバスケットボールには、多様性を排除するのではなく、その多様性を前提として受けいれるという視点があるからだと思います。
人々が日々暮らす社会があって、企業があり、商品やサービスがある…そんな視点を持った企業がJWBFに協賛している、と言えるのです。裏を返せば、日本車いすバスケットボール連盟の協賛社20社(2022年7月25日現在)の協賛メリットは、来るべき多様化社会に対して積極的な企業であることを内外にアピールできること、とも言えるでしょう。
多様性を認め合い、互いに受けいれる社会を一緒に作っていきたいという想いからJWBFは協賛企業との間で、互いに社会的な価値を向上していくためのパートナーとなることを目指しているのです。
Tips 車いすバスケットボールのルールは、多様性を認め合い、受けいれるという「目指すべき社会」の縮図と言え、それがひいては協賛社のメリットにもつながる。
まとめ
単なる車いすバスケットボールの競技としての魅力から、今後どんな社会を目指していくのか、と一気に話が飛躍してしまいましたが、社会が変わってくるにしたがって、その社会が受け入れていくスポーツも変わってくるのかもしれません。そういった意味では、東京2020大会が終わった後に、障がい者スポーツ、そして車いすバスケットボールが注目をされ、価値を持ってきたことにも確かな意味があるのだと思います。
一方で、あまり難しく考えすぎずに、まずはこの競技を一度見て、そして機会があれば自分でプレーをして体験してみることをお勧めします。
ひょっとすると、何か大事なことに気がつくきっかけになるかもしれません。